新型コロナウイルスの恐怖が世界中で猛威を振るい始めていた4月の下旬。ニューヨークやロンドン、パリや東京といった世界を代表する大都市で、ほぼ一斉にロックダウンや緊急事態宣言が発動された。人々は姿を消し、あたかもゴースト・タウンのようになり果てた世界各国の街の様子が毎日のようにニュース番組で中継されていた。まるでシュールな近未来ゾンビ・ホラー映画の中の1シーンみたいだった。でも、それはファンタジーなどではなかった。思い起こせば、ほんの数ヶ月前、この地球上で本当に起こっていた「現実」の光景だったのだ。
ローリング・ストーンズが待望の新曲“リヴィング・イン・ア・ゴースト・タウン”を発表したのは、そんなコロナ・パニックの真っ只中であった4月23日(現地時間)のことだった。もちろんストーンズの新曲は、ファンにとってはいつだって「事件」である。オリジナルの新曲リリースが実に8年ぶり(12年のベスト盤『GRRR!』に収録された“ドゥーム・アンド・グルーム”&“ワン・モア・ショット”以来)となれば、なおさらのことだろう。
でも、この“リヴィング・イン・ア・ゴースト・タウン”は「ただの新曲」ではなかった。パンデミックの脅威で世界中がどんよりと重い空気にのみ込まれかかっていた瞬間、まさに絶妙のタイミングで投下された最高の音楽の贈り物であった。曲のリリースとほぼ同時にYouTubeで公開され、ゴースト・タウン化した世界中の街並みが次々に映し出されるMVを観ながら、「おいおい、やってくれたな、ミック!」と、思わず感極まって叫んじゃった方も多かったのではないだろうか。
というわけで、いかにも今の世界を反映したこの曲だけど、さらに興味深いのは、実は、曲が書かれたのは今よりずっと前だった!という点である。そこでレコーディング経緯を少し整理してみると、まずメインのレコーディング時期は2019年の初めごろで、場所はロサンゼルス。ここ数年、ストーンズはヨーロッパ+アメリカを回る『No Filter』ツアーを長期にわたって敢行中なのだけど、その合間には新作アルバム用のレコーディング・セッションが少しずつ進行していて、この“リヴィング~”もそこから生まれた曲ということになる。メインのソングライターはミックで、ギターを使って曲を書き始め、10分後には仮の歌詞でのラフ・バージョンが仕上がっていたんだとか─でも、当時は、歌詞の中の「予言」が1年後に現実のものになるなんて、思いもしなかったことだろう(逆に言えば、時代の空気を「読み取る」ミックのセンサーがいかに優秀なのかを物語るエピソードでもあるわけだけど)。
そして、時計の針が約1年ほど進んだ今年の4月。本来ならすでに始まっているはずだったストーンズの全米ツアーはコロナ禍の影響ですべてキャンセルとなり、メンバーのスケジュールもぽっかり空いてしまった。そんなとき、目の前に広がる光景と不思議にシンクロするこの曲をシングルとして先行リリースするプランがバンド内で急浮上。パリにいたミックが歌詞の一部を書き直し、レコーディングの最終仕上げは、完全リモート体制で進められた。2020年のストーンズは、僕らみんなと同じく、テレワーク派なのだ。
歌詞を純粋に解釈するなら、この“リヴィング~”は、愛を失い、生きる希望をも失った男が、自らの心境をゴースト・タウンの荒れ果てた光景と重ね合わせていく、悲恋のラブ・ソングだ。レゲエ/ダブ風のグルーヴがエキゾチックな雰囲気を煽り立て、後半に加わるミックのハーモニカの音色が、そこにブルージーな哀愁を添えていく。かつてはカラフルに輝いていたのに、今ではすっかり活気を失った街。なぜなら、もうここに君がいないから……でも、今の僕らにとって、その歌詞はただの詩的なメタファーには思えない。コロナ禍の4月に敢えてリリースを早めたことによって、この歌は「黙示録」的とさえ言っていい、もっともっと大きな意味を持つ歌になった。2020年、ストーンズの新たなる代表曲、爆誕の瞬間である。
しかし、こうなってくると、気になるのはやはり「ストーンズの新作アルバムはいつ完成するのか?」ということだろう。彼らが最後に発表したオリジナル・アルバムは2005年の『ア・ビガー・バン』だから、もうすぐ15年が経つことになる。残念なことに正式なリリース時期はまだアナウンスされてないけど、今回のシングルをきっかけに、思ったよりも早くフル・アルバムが完成しちゃうなんてことも充分にあり得る。ストーンズ神話の新章、ここへ来て一気に動き出すのだろうのか? 乞うご期待! (内瀬戸久司)
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