約1年半前になる前作『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』はみごとなアルバムで、『ボーン・トゥ・ダイ』に並ぶ最高傑作だった。特別な思いが消え去ることのない60~70年代のポップス、ロックのテイストを振りまき心地好くさせながら、同時に古き良きアメリカの象徴的画家ノーマン・ロックウェルに「Fucking」の言葉を捧げて、自身を照らす手口の鮮やかさは彼女ならでは。
自らの内にある歴史と現実と対峙する覚悟と決意、それをブルー・ベルベット色の白日夢として楽曲化するスタイルはラナ・デル・レイという女性が培い磨きをかけていたもの。共同制作者としてジャック・アントノフの起用も的確であったし、“サマータイム”を下敷きとしたサブライムの“ドゥーイン・タイム”や“ヴェニス・ビッチ”の圧倒的な物語性と美しい展開など、世界が深く拡がっていく感触には魅了された。
その手応えがダイレクトに本作へとつながったのだろう。冒頭1年半前と書いたが、最初に告知されたリリース予定は昨年9月で、製造工程の問題で遅延したことからすると実質1年ほどで仕上がっていたのだろう。さらに本作を受け止めているそばから、すでに次作『Rock
Candy Sweet』が6月にリリースと発表されているのだから曲やアイデアが噴き出してくるのを誰も止められない。本作でも2/3以上を共作しているジャックとのコラボが絶好調で、デビュー以来、彼女が形作ってきたキャラクターやマナーが自在にそれぞれの物語を育んでいく様子が見える。
そんな究極の成熟を聴かせるのがこの『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』だ。カントリー・クラブとはお金持ちの集まるクラブのこと。ジャケットに写るような感じなのだろうが、ケムトレイルとはWikiによると「長時間残留している飛行機雲は、高高度を飛行する航空機から(一般人には秘密にされている邪悪な意図で)空中に散布された有害な化学物質や生物兵器であるとする陰謀論」とある。陰謀論云々は置いて、裏に隠される意図や、それとの向き合い方をテーマとしたのだろう。
アルバムはリード・シングルの“ホワイト・ドレス”でスタート。ホワイト・ストライプスやキングス・オブ・レオンを聴いて夢中になっている19歳の白いドレを着たウェイトレスの夢想が翼を広げていく様子が、シンプルなピアノを中心とした静謐なサウンドでゆっくりと色づけられていく。神様になった気分の少女が行き着く先は、タイトル・トラック“ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ”に歌われるカントリー・クラブか。この1、2曲目の流れは、この人ならではの時空を超えたハリウッド映画的情景、物語が浮かび上がり素晴らしい。
郊外のエスタブリッシュメントな人々の社交場は、彼女ならではのレトロピアとアメリカーナの光景を描いていく。陰謀論や隠されたものに言及するというのではなく、もっともっと深いところへひたすらたどり着きたいとの思いも迫ってくるし、曲の後半、約50秒ほど打音中心のサウンドになる世界が築く不安感、闇の中にそんな狙いが浮かび上がる。
その闇を抜けた先にあるのが、イエスのもとにいるべきだと歌い始められる“タルサ・ジーザス・フリーク”で、浮遊感の中にハリウッドから旅立ってきた姿が重なるが、次の“レット・ミー・ラヴ・ユー・ライク・ア・ウーマン”からちょっと歌い方も変わり、サウンドもセピアから少しずつカラフルに色づけられシーン、シークエンスが変わる。アコースティック・ギターの素朴な弾き語りをバックにした、16年に作られ『ラスト・フォー・ライフ』に収録予定だったナンバー“ヨセミテ”に象徴的だが、前作に比べるとサウンド的には明らかにフォーキーなタッチに振れている。しかし、“ワイルド・アット・ハート”(個人的な本作ベスト)のようなひたすら美しい曲にはそれがよく合っているし、効果を知り尽くしている彼女ならではのアプローチが心地好い。
サウンドの情報量を控え目にすることで、歌や言葉の膨らみが豊かになり、映像的な想像域が拡がり、このアルバムならではの魅力となっている。すぐにイメージが固まったり、好きな曲が出来たりという意味では『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』のような明解さは薄いが、逆にそこまで計算し尽くした上で周到に練られ作られた1枚だ。
“ダンス・ティル・ウィー・ダイ”でシスコを去り、次に歌われるのが本誌先月号の大特集に応えるかのようなジョニ・ミッチェル・ナンバーで、アルバムの最後に“フォー・フリー”(『レディズ・オブ・ザ・キャニオン』収録)をじっくりと歌い込み深い余韻にひたらせる。(大鷹俊一)
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