米津玄師、望みに応えてくれるのは、誰なのか。ヒーローはどこからやってくるのか。最新シングル『M八七』を考察する

米津玄師『M八七』
発売中
SINGLE
米津玄師 M八七 - ©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ ©REISSUE RECORDS/Illustration by
米津玄師©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ ©REISSUE RECORDS/Illustration by 米津玄師
フィジカルの音源作品としては、『Pale Blue』以来約11ヶ月ぶり。米津玄師のニューシングル『M八七』が、5月にリリースされた。周知の通り、表題曲は映画『シン・ウルトラマン』の主題歌として書き下ろされた新曲であり、主題歌起用決定の報からニューシングルのパッケージリリースまでの1ヶ月という期間で、米津の最新ツアー開催決定やメディア露出、「YouTube Music Weekend vol.5」参加によるライブ映像の公開、そして“M八七”のミュージックビデオ、映画『シン・ウルトラマン』の公開など、急激な展開で新たなセンセーションを巻き起こすことになった。

『M八七』というシングル作品にまつわるトピックだけでも、米津自身が手掛けた美しいジャケットアートワークや、動画を用いたシングルのパッケージ告知、そして「(o|o)」(ウルトラマンを模した顔文字)という表題のサイケデリックな動画に隠されたQRコードによって“M八七”の楽曲先行デジタルリリース日やMV公開日時が発表されるなど、遊び心たっぷりなコンテンツの数々でシングルのリリースを盛り上げてくれた。米津とスタッフチームの創造性に満ち溢れた戦略には、改めて舌を巻くばかりだ。

こうして“M八七”という楽曲は、リリース前からただ映画の主題歌として鳴り響く意味以上に、米津の新たなアクションを告げる作品として、また映画『シン・ウルトラマン』の話題性を膨らませる装置として、大きな影響力を発揮してきた。ある意味ではノスタルジックな特撮ヒーローであるウルトラマンの原点に立ち返り、年配世代のみならず幅広い世代にアピールするべく再構築された『シン・ウルトラマン』という作品にとって、米津玄師による主題歌制作は必要不可欠なものだったのではないだろうか。米津は見事、その期待に応えてみせたわけだ。しかしシングル『M八七』がリリースされた今、作品に触れた多くのリスナーは、さまざまな予兆や付加価値を遥かに上回る興奮と感動を味わっているはずである。想像以上に深い奥行きを備えた『M八七』という作品に、どっぷりと浸っていることだろう。それではここから、シングルの収録曲についてじっくりと考察してみたい。

表題曲“M八七”は、米津の吸気音からイントロなしの歌い出しによって切り出される楽曲だ。フューチャーベースの現代的なグルーヴ感を備えてはいるけれど、ストリングス風シンセの厳かなリフレインやエレピの美しい調べ、そして何よりも米津の力強い歌唱とメロディがぐいぐいとリードしてゆく曲になっている。米津は、『シン・ウルトラマン』主題歌決定に際して発したコメントを「超然としたウルトラマンの姿を眺めながら曲を作りました」と結んだ。強く気高く、しかしどこか孤独で物悲しい。そんなウルトラマンの存在感が、曲調からも浮かび上がってくるはずだ。

歌唱する米津の姿をフィーチャーした“M八七”のMVは、都市のビル群やコンビナート、電線鉄塔などを舞台に繰り広げられる。遥か上空から見下ろすカメラアングルが用いられたり、果ては地球上の一般的な重力の概念を超越した幻想的な映像が用いられたり、我々が身近に知っているはずの風景が一気に超常的な風景へと塗り替えられてしまうダイナミックな映像作品だ。物理法則からはみ出したこのMVも、ウルトラマンを登場させることなく「超然としたウルトラマン」の存在を強く感じさせている。

映画『シン・ウルトラマン』では、「外星人」であるウルトラマンがなぜ、「禍威獣(カイジュウ)」や他の「外星人」の脅威から我々地球人を守ろうとするのか、という問いが浮かび上がってくる。今日まで我々が親しんできた、ヒーローとしてのウルトラマンに対する根本的な問題提起である。「外星人」という絶対的な他者を、人は信頼することができるのか。実際ストーリーには、その信頼を揺るがすエピソードも組み込まれている。またウルトラマン以外の「外星人」たちは、それぞれに極めて明快な理由により、それぞれに地球人にとって害悪となる立場を取ることになる。なぜウルトラマンが地球人を守ろうとするのか、という疑問は、ますます膨らんでゆくのである。

米津玄師の“M八七”は、孤独なヒーローとして戦い続けるウルトラマンのプロットを汲み取った楽曲だ。《割れた鏡の中 いつかの自分を見つめていた/強くなりたかった 何もかもに憧れていた》という歌詞には、たとえばウルトラマンのようなヒーローに憧れたかつての少年の姿が、また、そんな夢もいつしか失くしてしまった現実が横たわっている。そして、映画の予告動画でいち早く公開された、《君が望むなら それは強く応えてくれるのだ/今は全てに恐れるな 痛みを知る ただ一人であれ》というコーラス。望みに応えてくれるのは、ウルトラマンだろうか。もしかするとそれは、割れた鏡の中で見失った、もうひとりの自分自身でもあるのではないか。

映画の中のウルトラマンは、無条件に他者である地球人を信頼し、守ろうとする。事あるごとに他者を攻撃し、欺き、搾取し、集団の中で保身に走る、そんなどこかの星の人間とはかけ離れた存在だ。だから米津は「超然としたウルトラマン」の姿を見つめ、割れた鏡の中に失われていた憧れを蘇らせる。願うように、祈るように、孤独な闘いに生きる自分自身を信頼しようとするのである。さらに米津はこう歌う。《微かに笑え あの星のように》と。初代ウルトラマンが口元に浮かべる微笑は、一説によると古代ギリシャのアルカイック美術をモデルにしており、「瀕死の戦士の像」は倒れながらも辛うじて生きている証として、所謂アルカイックスマイルと呼ばれる微笑を浮かべているのだという。

気高さと孤独が表裏一体になった“M八七”があるからこそ、シングルのカップリング曲として収録されることになった“POP SONG”はまるでコントラストを描くように、そのユニークな存在感をひときわ強く発揮している。この曲を通じて痛快なポップソング批評を繰り広げてみせた米津だが、MVの中でおどけた道化師か悪戯な悪魔のようなキャラクターに扮して繰り広げたのも、まさしく四面楚歌のような状況における孤独な闘いであった。今や国民的ポップスターとなった米津が、想像を絶する覚悟をもって披露したメッセージとコミカルなヴィラン的キャラクターは、彼にとって光の国の戦士とは異なるもうひとつのヒーロー像なのかもしれない。

さらに、シングル『M八七』には、もう1曲のカップリング曲“ETA”が収録された。「ETA」とは「到着予定時刻(Estimated Time of Arrival)」の略語で、《人のいない空港 鳥は歌うように呟いた/いつまでもいつまでも道は続いていくと》と歌い出される実験的なエレクトロニックポップだ。主旋律はとても優しく穏やかなのに、全編が不穏な刺激をもたらす緻密なトラックメイキングに彩られている。《あの日々》を失ったまま途方に暮れ、それでも歌の主人公は何かに衝き動かされるように《あなた》に会いにいく旅を続けている。《さあ起きて 子供たち》と《もうおやすみ 古い友達》が並列するコーラスは、あたかも出会いと離別の繰り返しを物語るようだ。もしかすると米津は、“M八七”と“POP SONG”というふたつのヒーロー像を描いたこのシングルを、“ETA”によって若い世代へのメッセージとしてまとめ上げたのではないだろうか。(小池宏和)

(『ROCKIN'ON JAPAN』2022年7月号より)

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