ダブルタイアップの両A面シングルには、彼女のアーティストとしてのスタンスが色濃く反映された。“菫”はくるりの岸田繁とタッグを組み制作されたバラード。ピアノとバンドサウンドで穏やかに幕を開けると、中盤でストリングスやシンセなどによる劇的な展開が巻き起こる。彼女の綴る歌詞もそれと呼応し、たちまち広く鮮やかな情景描写へ。音と言葉との相乗効果でさらに説得力を増し、細部までこだわり抜かれたリッチなポップスが完成した。坂本の声を活かした伸びやかなメロディラインもたおやかだ。

“言葉にできない”と“千里の道 -studio live-”は坂本が作詞作曲を担当。前者では家族の元を離れる心情を瑞々しく描き、彼女が担当するラジオ番組の放送1000回記念に制作された後者では、軽快なピアノとともに《さあ今日もお互いよくやった》と聴き手と思いを分かち合うように歌う。どの楽曲にも通っているのは、不安や恐怖心をゆっくり溶かしていく人肌のぬくもり。優美な気品を放ちながら、肩を寄せ合うような素朴さも醸す。そんな彼女の歌声は、初夏の陽だまりのように柔らかい。（沖さやこ）

『ROCKIN'ON JAPAN』7月号より