もっとも、これが散文であれば「何でもあり」式の相対主義にとどまったかもしれない。その点、星野源は音楽家である。レンズをのぞく主人公の心の動きを、美しいメロディに乗せて描き出すことで、その横顔をいきいきと浮かび上がらせる。やがて主人公は呼吸音のようなリズムとともに歩き出し、「観察者のブルーズ」ともいうべき音楽劇を演じるのだ。
派手な喜怒哀楽は表現されないが、星野源の歌声にはルー・リードにも似た芯の強さが感じられる。複数のカメラで対象をとらえつつも、決してブレることのない何か。星野源ミュージックの心地よさの土台には、観察者の倫理と呼ぶべきものがあるのは間違いない。(神谷弘一)