トゥライ

ボカロシーンで名を上げた作曲家が「自分の歌」を歌った理由

様々なアーティストの作品を手掛けているサウンドプロデューサー「minato」。彼が広く世に知られるようになったきっかけは、ボーカロイドを使ったオリジナル楽曲の動画サイトへの投稿であった。そして、ボカロP「minato」として人気を集めるようになった数ヶ月後、他アーティストの楽曲を歌うカヴァーの投稿も開始。こちらも熱い支持を受けて「トゥライ」というシンガーとしての名前も得ることとなった。しかし、「トゥライ」の活動は2010年に休止――そんな彼が、ついにシンガーソングライターとして一歩を踏み出した。メジャーデビューアルバム『ブラックボックス』は、ここ数年の間に彼が抱えてきた想いを映し出す。なぜ再びトゥライとして動き始めたのか? その決断に至った背景も、ここに刻まれている。楽曲にこめたもの、制作を始めた理由などを本人に語ってもらった。

インタヴュー=田中大

歌に関してはメインでやるつもりはなかったというか。遊びでネットに投稿したら思った以上に反応が返ってきて、意外な反響に嬉しくもあり、戸惑いもあり

── ボカロPとして投稿を始める前って、音楽活動はしていたんですか?

「その前から曲を作ること自体はやっていましたけど、ネットとか、公の場に出すことになったのは、ボーカロイドの曲からですね」

── バンド活動とかは?

「やっていないです。4歳くらいからピアノをやっていて、吹奏楽もやっていたので、音楽はずっと好きだったんですけど。でも、楽譜通りに弾かなきゃいけないクラシックを窮屈に感じるようになり、J-POPを自分なりにアレンジするようになったんです。そして、DTMに詳しい人と知り合いになって、『曲を本格的に作ってみたら?』と勧められたんですよね。そういう方向に行ったのは、19歳頃でした」

── ステージに立つよりも、クリエイトする方向に興味があったということですかね?

「そうだと思います。元々すごいあがり症ですし(笑)。一番好きだったのはメロディと歌詞を作ることだったんですよね。他のアーティストの曲を聴く時も、特定の人やグループを好きになる感じではなかったですし、曲自体を好きになっていました。そして、好きになった曲を作った人を調べてみると、同じ作曲家さんが手掛けていることに気づいたりして。そういう人になれたらすごいなと、何となく思っていました」

── ボカロPのminato名義でまず人気を得たわけですが、動画サイトシーンに関してはどんなことを感じていました?

「お互いの顔が見えない分、率直な感想を貰えるっていうところに魅力を感じていました。あと、僕が投稿を始めた頃から面白いムーヴメントが生まれていて。だから『俺もやってみようかな』っていうミーハーな気持ちもあって始めたんですよね」

── ボカロの曲の投稿を始めた数ヶ月後に「歌ってみた」の投稿も始めたわけですけど、これはどういう経緯で?

「遊びです。仲の良い友達とノリ半分でやってみた感じでした。歌に関してはメインでやるつもりはなかったというか。でも、遊びでネットに投稿したら思った以上に反応が返ってきて。投稿した翌日、知り合いから『歌やってるでしょ? 今、ランキングに入ってる』って電話がかかってきて『えっ⁉』と(笑)。意外な反響は嬉しかったですけど、その頃は戸惑いもありました」

── 「シンガーになりたい」っていう気持ちは全然なかったんですか?

「やれるものならやってみたいという気持ちはあったんですけど、当時は『不可能だ』という感覚だったんです。お仕事としてやろうという気持ちもなかったです。ボカロP『minato』と歌い手の『トゥライ』は、元々は別人設定でしたし。だから歌は遊び。まさに『歌ってみた』だったんですよね。そう思いつつも投稿は続けていたんですけど、しばらく経ってからVALSHE(トゥライがサウンドプロデューサーを務める女性歌手)とやるようになって、『作る方に軸足を戻そう』と。それで歌の活動は一旦止めたんですよね」

── そして休眠期間を経て、トゥライの活動が再び始まったわけですね。

「たしか、今年の3月くらいに動画を投稿したんです。元々、ボーカロイドの曲をカヴァーしたり、好きな曲を歌うこと自体は好きでしたから。アルバムを作りたいと思ったのも結構前です。2年半くらい前ですかね? 歌に関しては、やるともやらないとも言わないまま遠ざかった形でしたので、もう1回、ちゃんとアルバムを作ってみるところから始めてみようと思ったのがきっかけです。そして、やるなら自分の言葉をそのまま歌にしたいと思っていました。自分で作詞作曲をして、自分で歌を歌うのが一番であろうと。あと、自分が今までやっていなかったことをすることによって、何かが大きく変わることに繋がればいいなというのも、こうやって動き始めた理由のひとつですかね」

正解を探そうとしても見つからなかった。これだけ迷って葛藤してるんだったら、それをそのまま見せていければいいのかなって

── 今回のアルバムを聴いてまず感じたのは、意図しない形で自分の何かが伝わっていくことへの戸惑いです。「本当の自分とは?」という葛藤も伝わってくる1枚ですね。

「やはり、いろいろな葛藤がありましたので。例えば、『誤解されるのが怖い』という気持ちは、ずっとあったんですよ。本当はそうではないのに、憶測とかによっていろんなものが広がることって、いろんな場面でありますから。『誤解されるくらいなら、最初から何も発信しなければいいんだ』って思うようになっていた時期もあったくらいです(笑)。でも、このアルバムを作り始めてから、『受け止め方は人それぞれ。完全に理解してもらえるのは不可能だけど、それでいいんだ』と思えるようになってきたんですよね」

── 自分の在り方について、すごく悩んだんですね。

「はい。自分というものを客観視した時に、『嫌だな』と思う部分は、おそらく周りの人々も『嫌だな』と思うのであろうと。そう思われるくらいなら、存在しない方がいいのかもしれないと思ったり(笑)。でも、『存在しない』って実際になった時、『それが本当にお前の望みなのか?』と問われれば、全然そんなことはなくて。やっぱり僕にも人並みに――もしかしたら人並み以上に自己顕示欲や自意識のようなものがありますから。そういうのを全部包み隠さず、『自分にはこういうところがあるんだぞ』と、今回の歌詞で言っています。そして、そういうことをやるんだったら覆面の形で活動するのではなく、見た目も出した形でやらないといけないということも思っていました。そういうスタイルでやらないと、全部を曝け出したことにならないでしょうから」

── ネットで活躍するアーティストは、顔出ししないことによって偶像視される度合いがものすごく大きくなることがありますよね。

「そうですよね。でも、僕の場合はアイコンとなるイラストとか、ヴィジュアルの要となる何かがあったわけでは元々ないんですけど。だから実際の僕と、広がっているイメージとの間の乖離みたいなことは、そんなに意識しないでやってこられました。でも、ヴィジュアルの要となるものがないままやってきた時期を経て、こうして顔出しをすることが受け入れられるのか、そこはまだ分からないところですね。『声から受けるイメージと違う』とか言われることもあり得ると正直なところ思っていて。でも、このアルバムのコンセプトは、『自分を全部曝け出すぞ』っていうことですから、顔を出さないわけにはいかなかったというか。不安な気持ちもありますけど、全部出すことをやってみたかったんです」

── 例えば1曲目の“ブラックボックス”と10曲目の“もうひとりの僕へ”を並べると、いろんな葛藤を経て生まれた心境の変化が感じられます。

「“ブラックボックス”はこのアルバムの表題曲ではあるんですけど、『いろんな顔を見せていた自分は、本当はどれなのか?』という葛藤を描いています。そして、中に何があるのか分からないブラックボックスをひもといていった結果、“もうひとりの僕へ”で描いた気持ちが出てきたんですよね。曲のひとつひとつが自分の全てを表しているわけではないんですけど、“もうひとりの僕へ”は裏表題曲みたいな感じがあります」

── リスナーは、ここ数年のトゥライさんの想いを、このアルバムからいろいろ感じるんだと思います。

「自分の動きみたいなのは僕も感じます。僕は2008年から投稿を始めて、リスナーに求めて頂けるようになってきたんですけど、求められていることをあまりやっていない人間という気持ちもあって(笑)。自分のやりたいことを優先してきましたから、『これでいいのかな?』という罪悪感もありました。こうしてアルバムを出すというのも、その我がままのひとつ。我がままにやってきたのに未だに応援してくれる人に感謝しつつも、『ごめんね』という気持ちもあって(笑)。いろいろ揺れている気持ちがあるんですよね」

── 作品を世に出す人が向き合わざるを得ない悩みも、このアルバムには表れていると感じました。例えば“パンドラ”とか、人に何かを伝えることの難しさを描いている曲として受け止めたんですけど。

「なるほど。『全てが本当の自分なのか?』と問われれば、今ひとつ自信が持てないし、受け入れてもらえるかどうかも分からない。そういう自信のなさの表れの曲ですね(笑)。全体的にそういう部分はあるのかもしれないです」

── “全心麻酔”も、そういう姿に通じるものを感じます。いろいろ気楽に割り切って流せないタイプの人なんだろうなと。

「割り切らなきゃいけないところもあると思うんですけど、割り切った人間になりたくないという気持ちもあって(笑)。そういうのがせめぎ合うことが多いです。結局、割り切ることはできないんですけど、『割り切れないんだったら割り切らなくてもいいんじゃないか?』っていう結論にやっと至ってきているところはあると思います。結局、正解を見つけようとしても見つからなかったんです。これだけ迷って葛藤しているんだったら、それをそのまま見せていけばいいのかなという結論に至っていますね」

── こういう葛藤って表現者だけのものではなくて、多くの人にとって思い当るところでもあると思うんですけど。

「共感して頂きたいというのはあります。こう思っているのは自分だけではないだろうというのはありますし。『迷って葛藤しているのは自分だけじゃないよね?』っていう風に思っています。そして、これを聴いて『こう思っているのは自分だけじゃないんだ』って思ってもらえたら、すごく嬉しいです」

── 例えば腹が立つ上司に対して本心を隠さなければならないOLさんも、こういうことで悩んだりするはずです。

「理不尽なことって常日頃あるでしょうからね。理不尽な出来事に対応できるようになってくる自分が嫌になることってあるんじゃないでしょうか? 『上手く対応できるようになったな』って成長を感じられることもある反面、いろんな大事なものが失われてしまった気持ちになることもあるはず。そういう葛藤が、結構このアルバムにはちりばめられているのかなと思います。あと、物事の受け取られ方って人によっていろいろですけど、誤解されることを恐れて何の発信もしないよりは発信したいと、より感じるようになったというのも、このアルバムを作ってよかったと思っている部分です。やっぱり僕は『理解されたい』っていう気持ちが強い人間だと思いますので」

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