イトヲカシが2017年6月21日(水)に1stフルアルバム『中央突破』をリリースする。さまざまな音楽がメインストリームを席巻し、ジャンルは日を追うごとに細分化されていく。そんな時代に、正真正銘のポピュラーミュージックとして真っ向勝負を挑むこの作品は、ある意味で非常にロック的なカウンター精神に満ちている。そこがもともとバンドマンである彼ららしいと思うと同時に、根幹に強い心を宿しているからこそ、本作は多くの人へ届くものになったのだと思う。なお、発売中の『ROCKIN’ON JAPAN』7月号にもインタビューを掲載中。本記事と合わせて読んでいただくと、アルバムの意義に加え、イトヲカシの存在そのものについてよく伝わるのではないかと思う。
インタビュー=秋摩竜太郎
J-POPのど真ん中をやりたい、そういう理念の範疇にすべての楽曲が収まっている(宮田)
――今回のアルバムはどのように作っていったんですか?伊東歌詞太郎(Vo) 『中央突破』としてのコンセプトを掲げて作ったわけではなく、俺らは振り返れないし目の前のことを一生懸命やるタイプなので、常に曲を作っているんです。その中で、今回アルバムを作ります、じゃあシングルを軸にあとはどんな曲があったらいいだろうと選んでいったのが『中央突破』ですね。1曲目の“スタートライン”ができたのは2014年の6〜7月くらいで。それが一番古いです。
宮田“レフティ”リョウ(B・G・Key) そういう意味ではけっこう長いスパンをかけてできたアルバムかなと。
――“スタートライン”は、ダイナミックなリズムにアコギや鍵盤、ストリングスも加えた豊潤なサウンドが乗り、《走り出せ》や《僕の世界の果ての果て》のような熱い言葉が歌われていて。つまりポップスらしい曲とバンドマンらしい歌詞、そのふたつの円が交わり唯一無二の魅力を放つというイトヲカシの武器が凝縮されていますね。
伊東 1stフルアルバムなので、もちろんメジャーデビューはしてるけどアルバムは初めてだから、やっぱり1曲目は“スタートライン”だって思ったら、図らずもそういうエッセンスみたいなものが入っていたってことだと思います。
宮田 まあ今思うと全部我々らしい楽曲になったなというのはありますけどね。僕らなりのですけど、王道の音楽をやりたい、J-POPのど真ん中をやりたい、そういう理念の範疇にすべての楽曲が収まってる。その中でも“スタートライン”は誰が聴いてもそうだろうなというか、「J-POPだろ!」って曲にはなってるかなと思います。
――この曲、歌詞を分析するとAメロと大サビは主観的な「僕の気持ち」で、Bメロとサビは客観的な「君へのメッセージ」じゃないですか。共感できるし励まされる、これもふたつの円が交わり独特の聴き心地を与える部分だなと。
伊東 ほう! ちょっといいですか?(紙資料を手に取る)――たしかにそうですね! あとの曲は主観か客観かどっちかに統一されてる感じもあるけど“スタートライン”は違う。意識してなかった、勉強になります(笑)。実は歌詞を書くときに主観で書こうとか考えたことが一度もなくて、心の赴くままに書いてしまうので。
――あえてじゃなかったんですね。
宮田 あんまりロジカルにやるほうじゃないですね、我々。あとから「これってこういう意図があったんじゃね?」と気づくことのほうが多いです。
伊東 あと取材で気づかされることもあって、これもびっくりしました。こう言われたからには今後、歌詞を書くときに主観/客観を考えちゃうんだろうな。
宮田 はははは、「流川、次はパスだ!」(※漫画『SLAM DUNK』より)みたいな(笑)。ドリブルだけだと思ってたらパスもあるぞって。
伊東 そうそう(笑)。ヤバイなあ、がんばろう!
失敗って無駄なんですよ。でも無駄だったものが、今この瞬間の俺にとって宝物になってる(伊東)
――“ドンマイ‼”も困難を飛び越えろという、励まされるメッセージがあるなと思っていて。
伊東 “ドンマイ‼”は、結果だけで言ったら俺らはバンドを解散してるし売れなかったから失敗だと思っていて。その失敗っていうのは、バンドが失敗しちゃったねっていうひとつの失敗ではなく、バンドをやってた何年間の間に数えきれない失敗をしてるわけです。同じライブを続けてたら動員が増えるはずもないのに「なんで動員が増えないんだろ」って腐ってたり。で、あえて言うと失敗って無駄なんですよ。無駄無駄無駄無駄。でも無駄だったものが、今この瞬間の俺にとって宝物になってるんです。苦しんだこと、お金がなくて食べられなかった記憶。そのときは無駄だけど、それが一気に宝物に転換されるときっていうのが確実に来るんですよ。
インターネットで伊東歌詞太郎という存在を始めてからお客さんが増えていって。どんどん増えて、これからもっと増やしていきたい。その中で、自分は歌が好きだとか、お客さんに対する感謝とか、そういうものをブレずに持ち続けられるのは、その宝物のおかげだと思ってるんです。これがなかったらもっと違う考えで音楽をやってたと思う。「ありがとう」とか、そういう言葉に説得力もなかったと思う。だからいつか宝物に変わるその無駄を生かすためには、今きつくてむしろ後退してんじゃねえかって思っても、諦めないでやることが一番大事だって思ってます。
俺は「運」とかあんまり信じてないんですよ。運がいいから売れるとか。そうじゃなくて、チャンスが来る前にやめちゃうから巡り会えないだけで。それが明日なのか、5年後なのかはたまた10年後なのかわからないけど、必ずチャンスは巡って来る。そのときに、無駄を宝物に変えることができるかどうか。それがまさに“ドンマイ‼”という曲で。どんな困難も神様がくれたプレゼントなんですよ。いつか宝物になるから、何万回ドアを叩いても次も叩いてみようぜっていう。
――「諦めたらそこで試合終了だよ」と。
伊東 そうそう(笑)。ただドンマイだけだと、失敗しても気にしないでどんどん行こうぜみたく聴こえるけど、それは最悪ですよ。そうなったら誰も成長しないから、悔しさを忘れちゃいけないんですよね。あと失敗して誰かに迷惑をかけたら「ごめんなさい」って言う。反省する。そうしないと人は成長できないから、“ドンマイ‼”っていうのはそういう応援歌なんです。
――この曲は《本当に楽しくなるのはまだ/クレッシェンドさぁこれからだ》という言葉で締めくくられていますけど、今、本当に楽しいですか?
伊東 俺たちですか? 二面性はあると思いますね。もちろん音楽をやるのは楽しい。でもここで、楽しいねで終わるのは嫌なので、もっと楽しくなると思ってます。
宮田 そうですね、音楽がどんどん好きになってます。僕らで言うと中学からだからもう何年音楽をやってるかわかんないですけど、これドラクエだったらさすがに飽きてんだろうみたいな(笑)。
伊東 ドラクエなら飽きてるね(笑)。
宮田 打ちのめされることもあるし、強えやついっぱいいるし。悔しいこともいっぱいあるけど、「この先に何があるんだろう?」って気持ちにどんどんなれている時点で楽しいですね。そしてもっと楽しくなるっていうのがわかってるから、やめらんないなって思います。
知らない曲を届けるということが一番ミュージシャンの真価を問われる(伊東)
――現在、ツアー中だと思いますが(取材日は5月11日)、手応えとしてはどうですか?
伊東 始まったなっていう実感はもちろんあって。去年は路上ライブをがんばって、イトヲカシというのは路上もライブハウスも両方楽しんでもらいたいと思ってるんですけど、ライブハウスは久しぶりで。いい音で、大きい音で、きれいな照明で届けられるっていう喜びと、あとはまだアルバムを引っさげてないんですね。だからまさに今新曲を聴いてもらってるなという実感があります。
宮田 売れないバンドをやってた時代を思い出すというか、曲を知らない人に対して届けるという点では昔と近い感覚もあって。ライブがよかったらCDを買ってもらえるかもしれないし、会場で予約してもらえるかもしれない。知らない人に届けることができるのは楽しい試練だなと感じてます。
――もうアルバムの曲をバンバンやってるわけですね。
伊東 1曲2曲じゃなくて、ガンガンやってますね。
――届いたって思える瞬間もあります?
伊東 ありますね。知らない曲を届けるということが一番ミュージシャンの真価を問われる場面だと思うので、届けっていう気持ちでやって実際に届いた感覚を持てるとすっげえうれしいです。
――それが見えるというのは大きいですよね。
伊東 お客さんの顔や目から、間違いなく感情が伝わってくるんですよ。
――イトヲカシは王道を追求していて、それはつまり多くの人に聴いてほしいということで。で、多くの人に聴いてもらうにはライブより制作に軸を置く考え方もあるけれど、きっと心を直接届けたいということなんでしょうね。
伊東 両方なんですよね。両方やりたくて。路上ライブって、この前3000人来てくれたことがあったんですけど、例えば沖縄だと30〜40人ということもあって。それは十分というか、バンドのときは何十人も集まることがなかったからうれしいんですけど、沖縄へ行くには諸々かかるものもあったりする。「同じカロリーを使うなら、インターネットに音源をアップロードしてもっと多くの人に聴いてもらったほうがいいんじゃないの?」って言われたことがあって、「たしかに」とも思ったんですけど、そこに行くことで得られるものって、そんなに価値が低いのかなって。だからライブも制作も、両方やっていくとそれぞれにフィードバックがあって、いいんじゃないかなっていう気持ちがありますね。おっしゃるとおり、やっぱり心を伝えたいっていうのが一番にあるので。まあでも制作で心を込めればいいのか――。
宮田 いやたぶん、バンドやってたときと今で圧倒的に違うことって、お客さんへの感謝の気持ちで。バンドやってたときはここまで強く感じてなかったと思う。それはなんでかって考えると、すごいいろんな人の顔が浮かぶというか、路上ライブの経験が大きくて。そこにいるみんなに対して発信してるけど、ひとりひとりとワントゥワンでつながってる感覚を感じるようになった。本当に愛というか、愛情を。それはそういう体験をしてなかったら得られることはなかったなと。端から見たら非効率的なことかもしれないけれども、それを持ってるのと持ってないのとでは根本の部分で違うんじゃないかなって。心を伝えることが一番大事だって言ってるアーティストに心がなかったらね。
伊東 それは最悪だからね。誰のおかげで音楽ができてるんだって話になったときに、俺の中では明確で。お客さんなんです。お客さんって言い方も好きじゃなくて、「あなた」ってよく言ってるんですけど。自分たちの音楽をどのような形であれ聴いてくれる人がいないと表現として成り立たないし、もっと直接的なところで言ったら俺たちは生活できない。
――明日食べるものが。
伊東 そうなんですよ。ミュージシャンっていうのは本当に生かされてるんです。だからお客さんに言う「ありがとう」という言葉も、俺はちゃんと説得力を持って言えてるんじゃないかなっていう気がしてて。
宮田 僕が使っているギターの弦の1本1本は、あなたたちが買ったCDのお金でできてるんですよっていうことを伝えたいなっていうか。そのぐらい結びついてるんだぜっていうことはライブで伝えたいなと思います。
伊東 本当にそうなんだよね。
宮田 みなさんが買ってくれたCDのおかげで、この路上ライブをしてるレンタカーもスピーカーも全部。
伊東 全部そう。もっと言うと、ライブ中の拍手とか、表情っていうのも、例えば俺、好きなアーティストのライブを観てもちろん拍手するけど、この拍手ってどうせ俺がしなくても影響しないんだろうなって思ってたんですけど、自分のライブで曲が終わって、ありがとうございますって頭を下げたときにみんながいい笑顔で拍手してくれるのを見ると、そのひとつひとつがマジで力になる。本当に力になるってことをもっとわかってもらいたい(笑)。
――《あなたには伝わってるかな?》(“あなたが好き”)という気持ちですね。
伊東 この曲、何回かライブで披露したんですけど、そういうつもりで書いたわけじゃなくても、俺もいろんなアーティストのファンだから、もしかしてファンがアーティストに向かって思う気持ちもこの歌詞で表現できてるんじゃないかって、この前気づきました。伝わってるか不安にもなるけど、本当に好きだよっていう。
何にも負けず、腐らず、このまま真面目に一生懸命やっていきたい(伊東)
――最後に、お互いをどう思うかについて訊かせてもらえますか。
伊東 マジっすか。
宮田 走力は◎(笑)。
伊東 俺、走力はAぐらいあるかな。
――できれば音楽的なことで(笑)。
伊東 ですよね(笑)。そうだな……音楽を手段にすることが悪いとは思わないですけど、俺はできなくて。仮にそうだったらライブで嘘をついてる気になっちゃうし、取材でもたぶん嘘をつくことになる。こうやって歌ったら売れるんだろうなとか、そういうのは嘘だと思っちゃうから。そこは大人になれないんですよ。お客さんに感謝して、音楽が好きだからやってるっていう、シンプルなんですけどそれができてる人ってなかなかいないと思うんです。で、彼はそれができてる、って言い方も変ですけど、やろうと思ってやってるというかそれがそのまま生き様だと思うんですけど、そういう人間と音楽ができるっていうのは俺は幸せだなって。
――アレンジをする人ってイメージ的に「ここをこうしたほうが売れる」とか言いそうですけど。
伊東 もちろんそういう視点というか、売れるというより「もっとよくなる」って意味での提案はしてくれますけどね。心根の部分を俺はどうしても求めてしまうので、そこがすごくいいなって思ってます。
宮田 ……ありがとうございます(笑)。僕は自分で歌うことができないので、音楽をやるなら誰かと一緒でしかできないってなったときに、彼は、まあボーカリストに歌うまいって言っちゃいけないと思うんだけど、料理人に料理うまいって言ってるようなもんだから。
伊東 たしかに。
宮田 歌うまい人はいっぱいいる中で彼の何が好きかって言うと、被りますけど、心っていう部分。言霊……言葉ですらないのかな、魂なのかな、言葉も器でしかないから。音楽ってものが好きだったり、伝えたい想いだったり、心の部分が強くて。それを歌に乗っけて届けることができるボーカリストだなって思うことがすごくあって。やるならそういう人とやりたいと思うし、そういう人間が中学からの同級生でいるってすげえなって思います。
伊東 そう言えばそうだね。
宮田 変な学校で、ダンサーとして第一線でやってるやつとか、舞台女優でグイグイいってるやつとかいろいろいたのもすごいなと思うけど、まさかこれぐらいの歳になってまで中学の同級生と相方っていうか、パートナーシップを結んでやってるのって本当にすげえことだと思うから。そういう縁みたいなものも含めて、運命的なものなんじゃないかなって思ってやってますね。
――イトヲカシとして、そしてきっと音楽として一番大事なところでおふたりが結びついているのがわかりました。この先もずっとふたりで歩んでいってほしいし、歩んでいけるんじゃないかと思ってます。
伊東 すげえうれしいです!
宮田 だといいな(笑)。
伊東 ふたりとも真面目だと思うんです。だから何にも負けず、腐らず、このまま真面目に一生懸命やっていきたいと思ってます。
ミュージックビデオ
リリース情報
2017年6月21日(水)
(CD+DVD)AVCD-93695 / ¥3,000+税
(CD)AVCD-93696 / ¥2,000+税
収録内容:
1.スタートライン ※日本工学院2017CMソング
2.カナデアイ ※TVアニメ『双星の陰陽師』オープニングテーマ
3.宿り星 ※TVアニメ『双星の陰陽師』エンディングテーマ
4.あなたが好き
5.はちみつ色の月
6.さいごまで ※「キットカット」受験生応援キャンペーンソング、河合塾2017年度CMタイアップソング
7.ドンマイ!! ※MUSIC B.Bオープニングテーマ、北海道ルスツリゾートCMタイアップソング
8.半径10メーターの世界 ※防衛省「自衛官募集2016」CMタイアップソング
9.ヒトリノセカイ
10.スターダスト
DVD:
1.スターダスト(Music Video)
2.宿り星(Anime Music Video)
3.さいごまで(Music Video)
4.カナデアイ(Anime Music Video)
5.半径10メーターの世界(東放学園version)
6.スタートライン(Music Video)
ライブ情報
「イトヲカシ second one-man tour 2017」2017年7月2日(日) 沖縄・桜坂セントラル
2017年7月9日(日) 新潟・GOLDEN PIGS BLACK STAGE
2017年7月16日(日) 東京・Zepp Tokyo
提供:エイベックス・ミュージック・クリエイディヴ
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部