ヨルシカ、音楽を辞めた「青年」の物語を描く1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』。その物語の背景をn-bunaとsuisのふたりに訊いた


このアルバムについては自分の思想だったり、過去の自分が思っていたことだとか、そういうリアルな部分を極限までぶち込もうかと思って(n-buna)


──今作は、音楽を辞めることにした青年からエルマという女性に向けて作った楽曲を贈るというコンセプトですよね。さらに初回限定盤のボックスには、その主人公がスウェーデンの街を旅しながら、エルマに宛てた「手紙」や写真も添えられているという、まさにその物語がそのまま手に取れるという感じがします。

n-buna そうですね。楽曲の歌詞や手紙の間にプリントの写真が入っています。

──この写真もn-bunaさんが撮影したものですか?

n-buna そうです。僕が実際にロケハンして撮影してきました。

──ストックホルムに行って?

n-buna そうですね。ジャケ写で使った写真とかは、ストックホルムのガラムスタンという街の一角です。ほんと、いい街なんですよ。

──ガラムスタンに行こうとしたのはなぜなんですか?

n-buna 昔住んでいたこともあるし、ガラムスタンには何度も行っていて、あと「手紙」に出てくるヴィスビーには、ずっと行ってみたかったりして。

──今回のアルバムを作るために旅をしたんですか? そこで着想を得て書き進めるというような?

n-buna アルバムを作ろうというのはすでに決まっていて、具体的なイメージを作りこむために、ちょっと休みをもらって行ってきたという感じです。初回限定盤に入れるための写真もそこで撮ろうと決めていたので、それでいろんなところを巡りながら、曲のイメージを書いていったりしました。

──『夏草が邪魔をする』も『負け犬にアンコールはいらない』もそうですけど、n-bunaさんはどちらかというとコンセプチュアルに作品を作り込んでいくタイプのアーティストですよね。そんな中でも今作はより明確にひとつの物語として表現されています。

n-buna 『夏草』と『負け犬』を作ったあとに、じゃあ次はアルバム単位でめちゃくちゃコンセプトをしっかり詰めたものをやろうとは思っていて。前は漠然とゆるくつながりがある作品みたいなイメージで作っていたんですけど、今回は完全にひとりの人物が書いたっていうコンセプトにしようと思いました。

──今回は物語を描くロケーションとしてスウェーデンの街並みがあって、海外の寓話的なイメージもありながら、楽曲の歌詞には、音楽に向き合っている日本の青年のリアルで生々しい心情が綴られていますよね。そのバランスがユニークだなと思いました。

n-buna 歌詞を書くにあたっては、情景を描いて、そこにこういう心情があってっていうのは、これまでにもうだいぶやったなあっていうのがあったので、このアルバムについては自分の思想だったり、過去の自分が思っていたことだとか、そういうリアルな部分を極限までぶち込もうかと思って。それこそ“八月、某、月明かり”には、普通に東伏見とか小平とか、富士見通りとか、僕が以前住んでた街の名前とかも入ってますし、月明かりの下、自転車に乗って東伏見や小平のほうまで行く、みたいなことは、実際の僕の経験から歌詞になしてますし。バイトを逃げ出して、自転車に乗って……。

──この楽曲でバイトから逃げ出すというのと、アルバムコンセプトとしてある、主人公がどこか遠い国に旅をするというのは、パラレルなんだけどイコールでもあるというのが、非常に面白いなと思っていて。

n-buna そうですね。この曲に関しては、まさに逃避をテーマにした楽曲でしたから。

歌を任せてくれたから自信を持って歌えたのかなと思います。曲への入り込み方が、どんどん主人公の青年になって歌っていってる感じになって(suis)


──歌詞の内容もそうですけど、音楽に向き合ってきて抱えるネガティブな思いが綴られていて。先ほどおっしゃってたように、これもn-bunaさん自身が感じたことを歌詞にしていると捉えてよいですか?

n-buna はい。私的なことしか書いてないので。それで合ってます。

──音楽から逃避したいという思いがあったりしたんですか?

n-buna そこは、僕が思ったことを言葉にしているのでそうなんですけどね。実際、曲を全然作らなかった時期があって、その時の歌ですし。

──その気持ちっていうのは、どういうことから生まれてきたんですか?

n-buna まあ、いろいろありますけど、この曲の最後のサビが終わったあとの《僕だって信念があった》っていうところから先の6行に、全部収まるところだと思うんですよね。もともと僕は芸術至上主義なので、売れることを目的に何かを作ったら終わりだなあとずっと思ってたんです。けど、いつの間にかそういうことばっかり考えてるなあってところが実際にあって、まあそりゃ評価されたいっていう思いもあるわけですけど。それはちょっとあんまり美しくないなあってずっと思っていて、その頃に書いたものなんですよね。

──suisさんは、今回のアルバムができあがってみて、今どんな気持ちですか?

suis すごくいい作品だなって思います。今までより、歌も自由に歌っているなという感じもあって。

n-buna 今作はほんと伸び伸び歌ってますね。レコーディングスタイルも変化してて、これまでは僕がボーカルディレクションに入ってたんですけど、今回は後半は全部suisさんの思うように歌ってもらました。それであがったものを僕も新鮮な気持ちで聴く、みたいな。それでどうしても修正したいところは伝えるというやり方で、それが正解だったなと思います。ヨルシカとしての音楽づくりにおいての最適解が見つかったというか。

suis 歌を任せてくれたから自信を持って歌えたのかなあと思います。自分で聴いてみても、曲への入り込み方が後半になるにつれて──あ、レコーディングの順番はトラック順ではないんですけど──私が主人公の青年になって歌っていってる感じになって。これを聴いてめちゃめちゃ辛い気持ちになる人もいるかもしれないけど、それと同時に救われる人もいるのかなあっていうのは、すごく感じます。

──今回はn-bunaさんはなぜこれほどまでに自身のことを歌に入れ込もうという気分になったんですか?

n-buna とある飲みの場で、イラストレーターさんとか音楽の先輩とかと話していたときに、その音楽の先輩が「自分のリアルを込めたものが人に刺さるんだ」っていうことを言っていて。「それをすごく考えているよ」って言ってたのを聞いて、わーって思ったんですよね。それで僕もやるかっていう気持ちになれたんです。どうせやるなら等身大の自分をこのままぶち込もうって。

──それでとてもリアルな楽曲が並んだわけですね。

n-buna 僕の歌詞はもともと私的なものが多いけど、僕の歌詞が刺さる人って、言ってみれば内省的だったり、内向きな人が多いと思うんです。僕もそういう一部の人にだけ刺さる曲になればいいなと思っていますし、人類皆が幸せになるといいねみたいなものを作る気は毛頭ないんで。一部の人に刺さればいいし、それがどこまで深く突き刺せるかと考えて、もう極限まで尖らせたほうがいいって思ったんですよ。そうするにはやっぱりリアルをぶち込むしかないなと。どこまでも現実的な匂いのする曲にしたいと思いました。


“パレード”の《君の指先の中にはたぶん神様が住んでいる》ってところとか、これすごいなって思って(suis)


──だから手触りとしてはとても生々しい楽曲になってるんですね。“詩書きとコーヒー”なんて、《最低限の生活で小さな部屋の六畳で》とか、すごく日常が描かれていますよね。

n-buna そうなんですよね。実際6畳の部屋に住んでましたからね(笑)。バイト代6万から家賃の5万6000円を引くと残りが4000円でっていう。ほんとにリアルなんですけど、だからこそ「エルマ」への気持ちが、どこまでも現実的に見えるんじゃないかと。聴く人にも理解してもらえると思います。

──suisさんは、今作でのn-bunaさんの歌詞の変化をどう捉えていましたか?

suis リアルという意味では、やはりn-buna君自身のことを書いているのかなあとすごく感じた部分はありましたね。でも自分で歌っていくうちにすぐに感情移入できたし、共感できる部分がたくさんあって。あとやっぱりロマンチックですよね。“踊ろうぜ”が一番ロマンチックだと思うんですけど、“パレード”の《君の指先の中にはたぶん神様が住んでいる》っていうところとかも、これすごいなって思って。

n-buna ありがとう(笑)。

suis 私自身、友人にはギターを弾く人、イラストを描く人、ものをつくる界隈にいる方が多いんですよね。それでこの曲を歌う時に、この1行に関しては、いろんな人の顔が浮かんできて、実際にその人たちが私の中の「エルマ」となって、レコーディングの時もここらへん(自分の肩の後ろのほうを指しながら)にいましたね。その人たちの指先もここらへんにあるっていう感じがして。

──今回、サウンド面でもバンドアンサンブルが非常に豊かになっていて、ギターサウンドがより強く押し出されているように感じました。

n-buna そうですね。ギターは好きに暴れられて、楽しかったです。ギターロックをやりつつ、でも今回一本通したかったのはピアノなんです。“藍二乗”からピアノががんがん鳴ってるロックだし、アルバム全編通してピアノサウンドを通したいなっていうのがあって。で、はっちゃん(平畑徹也)さんに今回はレコーディングに入ってもらって制作に臨みました。

──サウンドの洗練をすごく感じられて、制作を経るごとにバンド感も強くなってる気がしますね。

n-buna 今作はsuisさんも含めて、1〜2作目のミニアルバムのレコーディングを経て、メンバーともだいぶ意思疎通ができるようになってきたっていう感じです。僕のディレクション慣れというのもあると思うんですけど、僕のやりたいことをすごく理解してくれて、サウンドクオリティへの熱量がかなり上がったと思います。もう、キタニタツヤ(B)さんとMasack(Dr)さんのリズムトラックからしびれっぱなしでした。ロック曲でのキタニさんのピッキングの強さがMasackさんのドラムと重なってすごく流れるようなグルーヴを生むんですよね。そこに下鶴(光康/G)さんのギターと、はっちゃんさんのピアノが乗って。

いまもう(次作の)制作に入っています。詳しいことはまだ言えないんですが、次作は『エルマ』というタイトルになると思います(n-buna)


──ヨルシカとしての制作を楽しんでいる感じは、音からも伝わってきます。

n-buna 下鶴さんのギターも今回ほんと素晴らしいフレーズをいっぱい入れてくれて。“だから僕は音楽を辞めた”の3番、2サビ後の間奏が終わった後あたりから入るディレイギターとか、それこそ“踊ろうぜ”の2番で入るワウギターとか、すごく好きですね。はっちゃんさんのピアノもほんとに素晴らしくて、“六月は雨上がりの街を書く”なんかは、デモ段階ではピアノの音は入ってなかったんですよ。それでほぼ自由に弾いてもらって……すごかったですね。一気に雨の匂いがするなあって。はっちゃんさんの感性、すごく好きです。

suis “だから僕は音楽を辞めた”では、《辞めた筈のピアノ、机を弾く癖が抜けない》っていうところで入るはっちゃんさんのピアノがあるんですけど──。

n-buna いや、ほんとこれいいフレーズで。

suis 私はみなさんの演奏が最終的にできあがったものを聴きながら歌を録るので、本当にギターにしろ、ピアノにしろ、リズム隊にしろ、この熱量のRECでこの音が入ってなければ、この歌のニュアンスにはならなかっただろうなっていうところが、今回は本当にたくさんあります。特にこの《机を弾く癖が》のところのピアノは、このフレーズがあるからこの歌詞を歌えたんだって思いますね。

──こうしてお話を聞いていても、ヨルシカの制作が素晴らしい充実期に突入しているのを感じます。それもあって、n-bunaさんは今はソロ名義のものよりもヨルシカの制作のほうに比重が置かれているのかなと思うのですが。

n-buna まあ、ヨルシカの制作スケジュールがあったので、そこに注力してたということなんですけどね。あと、基本的には自分が今作りたいものを作るっていう感じなので。個人で言えば書き下ろしの提供曲とかとは別にして、ボーカロイドの曲は、今いいものが作れないなっていう時期にあるというだけで。でも好きな時に曲を作って好きな時に発信できるっていうのは、ボカロのいいところだから、今まで通り、いい曲ができたら上げようかなと思ってます。そういう気軽さこそがボカロのいいところですから。うん。これは言っておかなきゃなとは思ってました。

──ところで、これほどの熱量の1stアルバムができあがったばかりですが、すでに2ndアルバムの構想も固まりつつあると聞きました。

n-buna はい。いまもう制作に入っています。詳しいことはまだ言えないんですが、次作は『エルマ』というタイトルになると思います。

suis カタカナで『エルマ』?

n-buna そう。今作『だから僕は音楽を辞めた』と、対になるようなアルバムを作りたいと思っていたんです。1〜2作目のミニアルバムでは、“雲と幽霊”という楽曲と“言って。”という楽曲で、この2作のコンセプトがつながっていることを表現したんですけど、曲間でのつながりだけでなく、今回はアルバム単位でそれをやりたいという思いがありまして。

──それを現在制作中なんですね。

n-buna はい。夏頃には出せそうかなと思っているので、楽しみにしていてください。

MV・リリース情報


“パレード”

“藍二乗”

“だから僕は音楽を辞めた”

リリース情報


1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』 2019年4月10日発売

【初回生産限定盤】DUED-1266 ¥3,500+税
「エルマへ向けた手紙」再現BOX仕様
・被せ蓋付き再現BOX
・手紙+写真
・手紙仕様歌詞カード
・CD

【通常盤】DUED-1267 ¥2,800+税

<収録内容>
01. 8/31
02. 藍二乗
03. 八月、某、月明かり
04. 詩書きとコーヒー
05. 7/13
06. 踊ろうぜ
07. 六月は雨上がりの街を書く
08. 五月は花緑青の窓辺から
09. 夜紛い
10. 5/6
11. パレード
12. エルマ
13. 4/10
14. だから僕は音楽を辞めた

提供:U&R records
企画・制作:ROCKIN’ON JAPAN編集部