自主レーベル「APRICOT MUSIC RECORDS」を今春設立し、過去のライブで披露してきた楽曲をデジタルリリース。8月には昨年夏に開催された「Pop Step Zepp Tour 2019」のファイナル公演を収録したDVD&Blu-rayをリリースするなど、精力的な音楽活動を続ける有安杏果。11月12日(木)にはLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)にて、中止になってしまった春ツアー「サクライブ 2020」のリベンジ公演を行うことが決定している。コロナ禍のなか新しい活動を起こし、約1年3ヶ月ぶりのライブを目前にした彼女は今何を思うのか。
インタビュー=沖さやこ
孤独のなかで作った曲たちを、こんなにたくさんの人が丁寧に音にしてくださることも、そのバンドのなかで歌えることも、とても幸せな環境だなと思う
――今年の3月に設立なさった自主レーベル「APRICOT MUSIC RECORDS」での活動はいかがですか?
「自分のペースでしっかりこだわって制作をしていきたくて自主レーベルを設立したんですけど……豪華すぎる環境なんですよ」
――と言いますと?
「グループに所属していた頃に使っていたスタジオでレコーディングができたり、サポートしてくれるバンドメンバーもふだん聴いている音楽を演奏している人たちで。みなさんスケジュールを確保するのも大変な方々なんですけど、それでも時間を割いて一緒にアレンジを考えてくださるんです。豪華すぎて、この先に落とし穴が待っているんじゃないかなって……!(笑)」
――ははは、そう考えてしまうくらい素晴らしい環境なんですね。アレンジはバンドメンバーと意見交換をしながら作っていらっしゃるということでしょうか?
「そうです。去年のツアーを一緒に回った方々なのもあって、みんなが意見を出し合ってくださって。それ以外に、わたしもトラックダウンやマスタリングに立ち会って『ここは大切にしたいフレーズだから音を少し上げてほしい』とお願いをしたり、少しずつ意見を言えるようになってきました。(曲を)作るまでは、ひとりで孤独だし大変なんですけど、孤独のなかで作った曲たちを、こんなにたくさんの人が丁寧に音にしてくださることも、そのバンドのなかで歌えることも、とても幸せな環境だなと思うんです。出来上がるまでの過程に参加しているぶん、一曲一曲に対する愛情や喜びは大きいですね。作品になる瞬間を見られるからこそ、ライブとは違った感動が生まれるというか」
――とても有意義な活動を送れているとお見受けしますが、現状で感じている達成感はいかがでしょうか?
「去年活動を再開して、春と夏にツアーを回って、フェスにも出させていただいて、こうやってリリースもできて、もちろん納得のいく活動はできているんですけど……やっぱり今年はこのご時世でライブができなくて」
――そうですよね。有安さんは今年一度もライブを行えていない。
「ライブもそうですし、やっぱり形があるものは大事だと思っているので、本当は自主レーベルでの最初のリリースもCDとして出したかったんです。陳列されている様子をショップに見に行きたかったし、リリースイベントも開催して――そういう、楽しみにしていたことができない。みなさんに開催を報告する前に中止になってしまったライブやリリースもたくさんあるんです。でもテレビのニュースを見ていると、まだ一度も学校に行けていない学生さんもいらっしゃいますよね。毎年必ず行えていたことができない現状を知って、自分ばかり大変だと考えてはいけないなと思いました」
活動再開を決めて、「人に聴いてもらうための歌詞を書こう」と思って書いた最初の曲が“サクラトーン”でした
――ライブ然りCD然り、有安さんは実態が伴うものや生身のものを大事にする方ですし、その実現が難しい状況は歯痒さもあるだろうなと。「ライブなら実際に直接会って、一緒に体験して味わえるものがあると思うんです。いろんなものがデジタル化している現代だからこそ、ものとして作る意味、生で行う意味をあらためて考え直すことも多くて。本を作るなら『この写真は大きく見せたいからこういうレイアウトにしよう』と考えたり、紙の種類も吟味して――そこまでこだわって初めて『もの』は意味を成すと思うんです。あと、わたしはもともとスケジュール帳も作詞も手書きだし、手書きすると自分のなかに染み込んでくる感覚があるのも影響してるのかな。アナログなんです(笑)。とはいえ、春の曲を春に、夏の曲を夏に、急遽配信リリースできたことは本当にありがたいですね」
――「サクライブ 2019」で初めて歌われた“サクラトーン”と“虹む涙”を今年3月にリリースし、「サクライブ 2019」を終えたあと制作し「Pop Step Zepp Tour 2019」で初披露された“Runaway”を7月、“ナツオモイ”を8月に配信リリースしました。“サクラトーン”と“虹む涙”は有安さんのひとりの世界が色濃い印象、対して“Runaway”はアッパーなサウンド、“ナツオモイ”はご自身の感情を物語に投影するなど、春リリース曲と夏リリース曲で趣向が異なるのが特徴的だと思ったんですが、そこについてはいかがですか?
「ああ、たしかに。言われてみるとそうかもしれない。グループを卒業してから趣味で曲作りをしていたんですけど、歌詞を書くことはほとんどなかったんです。でも活動再開を決めて、『人に聴いてもらうための歌詞を書こう』と思って書いた最初の曲が“サクラトーン”でした。グループを卒業してから初めてのレコーディングで、すごく久しぶりの感覚があって。初々しい気持ちで歌入れできましたね。“ナツオモイ”と“Runaway”は久しぶりにツアーをまわれたことと、夏のツアーまで時間がなかったこと、『こういう曲がセットリストに欲しいな』と漠然とイメージがあったことが影響して生まれた曲だから、曲の性質が違うのかも」
――やはり、生活がダイレクトに曲作りに反映されているんですね。“Runaway”は「都会」をテーマにお書きになったそうですが、その背景とはどのようなものなのでしょうか?
「直感的に『都会』というテーマが閃いて、歌詞も一気に書きました。最初は頭サビの歌詞が《なにも言わず》だったんです。でもアレンジもロック感があるし、もっとインパクトのある言葉にしたいなと思って《息を止めて》にしましたね」
――たしかに強い言葉。有安さんの作る曲には、そこはかとなく怒りを感じるんですよね。
「あははは! そうですか? でもたしかに最近作ってる曲もそうかも……(笑)」
――(笑)。どんな曲も一貫して、抵抗していく、立ち向かっていく姿勢、脅かされたくないという意志が見えるというか。
「いいことが起きても『近いうちに嫌なことが起こるかも』と思っちゃうタイプだし、もともとの性格みたいなものは無意識のうちに歌詞に入っちゃうのかな(笑)。やっぱり“Runaway”を作った頃は、新しいスタッフさんたちと一緒にスタートを切ったばかりだったから、『この人たちが離れていっちゃったら嫌だな』とか『ついてきてくれるのかな』という不安もあったから。あと『都会』という言葉は『いろんな意見が集まる場所』のモチーフみたいな印象もあって」
――たしかに「都会」という場所は、世の中には様々な人がいることを痛感する空間かもしれません。
「最近はSNSとかでも言えることだと思うんですけど、影響力の強い人が『正しいのはこれだ』と言うと、一気にそれが正しいこととして認知されることがよくあるじゃないですか。でもそれが必ずしも正しいとは限らないですよね。そういう想いをぶつけたくて《多数派が大体勝つ世界》という歌詞が出てきたのかもしれないです」