「自分とおなじような苦しみを持った人に、歌を通じて気持ちを共有したい」。それが16歳のシンガーソングライター・久保あおいの、アーティストとしての信念だ。2020年8月にデジタルシングルでデビューし、ビジュアルを隠したままコンスタントなリリースを続け、それと並行して彼女はアーティストとしてどんなことを伝えていくべきかをじっくり考えたという。そうしてたどり着いたのが「自分の実体験を歌にすること」だった。今年2022年3月にリリースされた“独り言”は彼女が初めて作詞作曲をした楽曲で、4月29日にリリースされた“邂逅”は彼女が書いた散文をもとにシンガーソングライターの上野大樹が作詞・作曲を手がけたバラード。どちらも彼女のリアルが反映されている。なぜ彼女はつらい過去と向き合ってまで、自分の実体験を曲にする選択を取ったのだろうか。そこには飽くなき探求心と深い愛情があった。
インタビュー=沖さやこ
「わかったことを歌うよりも、自分の出せていない答えを出すために歌いたい」という気持ちが少しずつ大きくなっていった
――顔出しせずに活動した1年半は、様々なジャンルの楽曲にチャレンジなさっていましたよね。なかでも2021年2月に発表した“反面教師為貴方覇本日怒上昇中乃巻”は歌詞がすべて漢字で、さらには早口すぎて歌えないと話題になりました。「あははは、結構頑張りましたね(笑)。ライブやレコーディングのたびに感情の込め方、声の出し方をいろいろ試しています。自分のクセを残しつつ、歌い方が変えられたらかっこいいなあと思っていて、デビューしてから作品ごとに自分が成長できてるんじゃないかなって思います」
――久保さんはつらい状況下で音楽に救われ、お母様やご友人が久保さんの歌を聴いて涙を流したことから歌手の道を目指したというエピソードを拝見しました。もともと「自分にできる方法で誰かのために何かをしたい」という思いが強い方なのではないかと思いましたが、いかがでしょう?
「たしかに、自分のために何かをしたいというよりは、誰かに喜んでもらいたい。いつも自分以外の人を優先して、自分のことをあと回しにしちゃうんです。でも友達やお母さんが自分の歌で泣いてくれたのはめっちゃうれしかったし、応援してくれる人の存在が支えになっているし、わたしも皆さんに救ってもらっています。だから歌で恩返しをしたいんです」
――久保さんにとって歌うこととはどんなものなのでしょう?
「わたしは言葉で気持ちを伝えるのが苦手で。でも歌に気持ちを乗せると、スッと出せる感覚があるんです。だから音楽に救われてからは自分が共感する曲を聴いて、実際にそれを自分で歌うことでさらに感動できて……。そのなかで『これを自分の歌で、自分の言葉でできたらな』と思うようになったんです。だからデビューが決まってオリジナル曲を歌えるようになって、おまけに詠人不知さんが書いてくださった(“「またね。」が聞こえた”の)歌詞も最初から最後までわたしの気持ちにドンピシャだったのがうれしくて」
――たしかに言われてみると、「この曲の歌詞に共感する」の実態は、「この曲の歌詞のこの部分が特に響いた」のように共感できる箇所は限定されることが多いですよね。
「そうなんですよね。久保あおいの楽曲では最初に曲をもらってからレコーディングしたあとまでずっと同じ気持ちのまま、すみずみまで共感していられる。もやもやがないまま終えられるから、気持ちよく『次の楽曲に挑戦していこう!』と思えるんです。オリジナル曲はカバー曲みたいにお手本がないけれど、できた時の達成感がすごいなと思いましたね」
――2022年3月リリースのデジタルシングル“独り言”をきっかけにビジュアルを解禁し、その時発表されたコメントに「過去と向き合わないと前を向いて歩いていけないことに気付かされ、自分自身と向き合う努力をしてきました」という記述がありました。そう思ったタイミングはいつ頃でしょう?
「たくさんの曲をレコーディングしてきて、毎回『この歌詞めっちゃわかるなあ』と思ってたんです。でもふと『今のわたしがわかるものだったらだめじゃないかな? わかるだけだと成長もせずに止まっちゃうんじゃないかな?』と思う瞬間があって、『わかったことを歌うよりも、自分の出せていない答えを出すために歌いたい』という気持ちが少しずつ大きくなっていって。そのためにはまず過去と向き合う必要があると思ったんです」
特殊な過去だからこそ、その人生のなかで見つけた自分なりの答えを、同じような経験をしている人と共有したい
――そうして生まれた久保さん作詞作曲による第1弾楽曲が“独り言”。《過去を見返す度/自分を失う》という歌詞からも、やはり過去と向き合うことはヘビーではあるのだろうなと思ったのですが。「たしかに過去を思い出すとあの時に感じたつらさも蘇ってきます。けど今は周りの人にも恵まれて、周りの人がわたしのために頑張っているところもたくさん見ているから、少しずつ心の傷も回復してきたし、みんなの頑張りを無駄にしたくない。うしろを向く経験はこれまでにたくさんしているから、これからは前を向いた、強くなった自分を経験したいと思ったんです」
――なるほど。前を向いている強い自分に会いに行きたいということですね。
「10年くらいつらい時期が続いて『こんな人生じゃなきゃよかったのに』とめっちゃ思ったけど、ここ1年くらいでやっと落ち着いてきて『この人生で逆によかったな』と思ったんです。この10年で少しずつ強くなっている実感もあったから、強くなった自分が知った言葉、出した答えを歌詞にできたらいいなって。……弱い自分が嫌いって、めっちゃ思っちゃうんです。こんなにたくさんの人に支えてもらっていて、弱いままの自分ではいられないなって」
――最初久保さんの歌を聴いた時、久保さんの軸にあるものが強さなのか弱さなのか判断しかねたんです。でも今のお話で腑に落ちました。これまでの人生、弱い自分を守るために強くなってきたし、大切な人たちのためにも強くなりたい人なんでしょうね。
「(照れ笑い)。特殊な過去だからこそ、その人生のなかで見つけた自分なりの答えを、同じような経験をしている人と共有したくて。実際に経験していない人のアドバイスは、あまり心に響いてこないことがよくあると思うんです。わたしの見つけた答えは正しい答えではないかもしれないけど、『こうなんじゃない?』と提示したい。もちろん過去を思い出して気持ちが落ちることもあるけど、『これをみんなに届けるために頑張らなきゃ! 過去と向き合ったらもっと強い自分になれるはず。もやもやしていたものの答えがはっきりと表れるんじゃないか』――そんなことを考えながら歌詞や曲は書いています。“独り言”から12ヶ月連続でリリースをしていくので、その制作のなかで少しずつレベルアップしていきたい。過去を振り返るなかで出てきた自分なりの答えも、歌詞に入れていけたらと思います」