インタビュー=田中大 撮影=三川キミ
──昨年はアルバム『SHUTTLE』をリリースしましたが、過去の曲を再レコーディングして、どのようなことを感じましたか?自分の好きなもの、愛おしいと感じるものをちゃんと言語化して、それを自分自身のアイデンティティにしていきたいと思うようになりました
今まで作ってきた楽曲を聴き直しながら、昔はできたけど今はできないことが増えていると認識して、悲しいことだと最初は思ったんです。でも、できることも増えながら変わってきたんだと気づいたんですよね。「変わっていく」ということに対して自分で納得しながら進んでいったのが、Re RECアルバムの『SHUTTLE』です。そして、私自身の変わらない部分にも気づきました。歌ってる内容にはずっと一貫性があるというか。
──気づいた一貫性とは、たとえばどのようなことですか?
他人を励まさなかったり、無責任に応援をしないっていうところです。曲を作り始めた17、18歳の頃から、そこは一切変わってないです。
──「FINLANDSは、励まさないバンドである」というのは、その通りですね。
はい。無責任になってしまうと思うんですよ。たとえば「あなたは大丈夫」って言ったとしても本当に大丈夫じゃない人もたぶんいるので、直接触れられない人を勝手に励ますことはしたくないです。
──FINLANDSの音楽の源に関して、塩入さんは「怒り」を度々挙げてきた印象があるのですが、今はその点に関していかがですか?
怒りはずっと原動力だったと思います。でも、ここ4、5年なんですかね? 『FLASH』を作ったあたりから「嫌い」「怒り」とかって、自分のアイデンティティを作りやすいものだなと思うようになって、それはもうある程度やりきったのかなと。これからもそういう感情はなくなるわけではないですけど、それよりも自分の好きなもの、愛おしいと感じるものをちゃんと言語化して、自分自身のアイデンティティにしていきたいと思うようになりました。
──大きな変化ですね。
はい。変化が生まれる前は「誰かのために」「何かのために」「音楽のために」ということで支えられていたところがたぶんあったんです。でも、コロナ禍に入ってからは、本当に何もなくなったじゃないですか? 「日常ってこんなにも簡単になくなっていくんだな」と感じて、誰かのために生きるのはやめようと思いました。そこからはただ自分にとっての「好き」「ときめくもの」「いいと思うもの」を直感的に選んで構築するのが楽しいと感じるようになりましたね。楽しい時間が多いほうが一発の怒りの力が大きくなりますし、「自分は本当に怒ってるんだな」と認識もしやすくなりますし、感情をクリアに感じやすくなったということなのかなと思います。
──10年以上にわたって活動を重ねてきたバンドですから、下の世代から憧れられる存在にもなっていますよね? 昨年、Conton Candyと対バンしたじゃないですか。
はい。Conton Candyのメンバーは、すごくFINLANDSを聴いてるというお話をしてくれました。「高校生の時にコピーしてました」とか言ってもらう機会も増えていて、実感がなかなか湧きにくいですけど嬉しいです。「男ばかりのバンド界隈でなめられたくない」っていうような自分を守るための鎧が、今のバンドにはなくなってきているのも感じています。女性たちがフラットにバンドをやるようになっていますよね。
──FINLANDSも、ずっとそういうバンドであり続けているという印象です。
ずっと怒り続けてたというのがありますからね(笑)。そういうバンドだから男性、女性、特定の年齢とかに偏らない客層にもなっているのかなと思います。毎日ドラマチックなことがあるわけじゃないのに歌を作りたくなるのは、引っかかることがたくさんあるから。うまく受け入れられないこと、抱いている違和感に対して答えを出したり、次のステップに考えが進んだりする中で曲を作りたくなることが多いんですよね。
──今回のEPは、メジャーからリリースする初作品なんですね。まったく迷わなくていい一本道だとしても迷おうとするのが私なんです。何かに苛まれたり思い悩んだりしている時に「私はきちんと生きてるな」と思えるから
はい。勇んで「メジャーデビューするぞ!」っていうことでもないんですけど。サポートメンバーや事務所のスタッフとかは、私がどういう人間で、どういうことをやりたがるのかを直視してくれるんです。そういう人たちと活動しながら生まれる変化ももちろんあるんでしょうけど、ここで新しい方々とFINLANDSというバンドを進めていくことによって面白い変化があったらいいんじゃないかなと。そういうことを思ってます。
──既に変化は生じていますか?
今のところは、まだないです。「優しくしてくれる人が増えたな」っていうことくらい(笑)。こうしてメジャーから出させていただくにあたって「変わらなくていいよ」と言っていただけています。
──ありがたいじゃないですか。
はい。でも、私は天邪鬼なので、「変わらなくていいよ」って言われると、「変わらなくていいわけないだろ!」と思ってしまうんです(笑)。自分自身、変わることが嫌だと思ってるわけじゃないですし、「変わるとしたら、自分はどうやって変わろうと考えているんだろう?」ということを思いました。
──考えた末に、どのようなことが見えてきましたか?
曲を作るうえでの「これは駄目」「これはやりたくない」というのがあったんですけど、「自分自身がうまく使いこなせないから生まれていた線引きだったのかもしれないな」と。だから私が変わってみるとしたら、昔できなかったことに挑戦してみることかもしれないと思いました。
──それが今作の4曲にも反映されたということですね?
はい。ここ8年くらいの間、一人称として「私」しか使ってことなかったんです。普段の私が使っている一人称で描こうと2016年頃に決めたので。でも、今回の“スーパーサイキック”の一人称は「僕」です。昔は「僕」にすごく違和感を覚えていたのに、全く違和感を覚えることなく作れました。
──新鮮さをご自身で感じる作風は、他にもありますか?
4曲目の“ひみつのみらい”ですね。男性目線で曲を作ってみたかったんです。私は女性なので男性の生きづらさはどういうことで、何が得だと感じていて、どういう考え方で誰かを愛するのかがわからないんですよね。そこを想像しました。感情の根本的なところで男女差はないですけど、やっぱり育ってきた環境によって生まれる性別の差もあるのかなと。私も家で旦那と話しながら「こんなにも感じ方が違うんだな」ということがありますし。
──自分とは別の性別の視点で描くと、無意識の内にリミッターをかけて封じ込めていた感情が表れたりもする……という旨の話をクリエイターから聞いたことがあるんです。“ひみつのみらい”にも、そういう面はありますか?
あります。「これって客観的に見たら男版の私じゃないか?」って思ったりもして(笑)。自分の特性が見えてきた気がしました。
──今作の他の曲に関しては、何か気づいたことは?
FINLANDSでずっと一貫して歌っているのは、「あなたがいればそれだけでいいわけはない」ということなんですけど、「あなたがいればそれだけでいいわけはない。でも、あなたに『愛してる』と言われていたい」と思っているのが2曲目の“新迷宮”なんです。心を決めきれない、プライドを捨てきれない、気持ちを大切にしきれない、気持ちを抑えきれないというのがずっと自分の中にあるんですよね。他の曲にもそういうのが表れている気がします。「愛されたい。でも、愛されたからといってそれだけでいいわけではない」ということを歌っているのが、今回の4曲なのかなと思います。
──結論に辿り着くことのない感情の堂々巡りを描写しているということですよね?
そうです。
──それは今作のタイトルにもなっている「新迷宮」というワードとも繋がることですか?
はい。「迷宮」は、もともとは「一本道」を指していて「迷路」っていうのは後づけだったという話を読んだ時、「私は結局最初から最後まで迷路にいる」と感じたんです。まったく迷わなくていい一本道だとしても迷おうとするのが私なんですよね(笑)。何かに苛まれたり思い悩んだりしている時に「私はきちんと生きてるな」と思えるからなんですけど。たとえば「愛してる」って言われた時に、「ありがとう。嬉しい。私も愛してる」じゃなくて、「嬉しい。でも明日はもしかしたらもう愛してないかもしれないよね?」というところまでセットで考えるのが私なんです。真っ直ぐに進んで行けるはずの一本道をグルグルし続けるので、「どっちにしても迷路だよ」という意味合いでタイトルを『新迷宮ep』にしました。