──自分たちのファンと、クリープハイプというバンドを信じられたからこそ断ち切れたんだと思うんだよ。今回のEPの中で言うと、特に“私の歌”は、クリープハイプがクリープハイプを肯定して、リスナーを肯定してエールを送るという、今までだとあり得ないようなことをやり、しかもそれを歌詞にしているという画期的な曲ですよね。今回は、聴き手に対する感覚がすごく強いですね。特に“私の歌”と“生きてみます”はそうだと思う
これは、なかなかサビのメロディが固まらなくて。ギリギリでサビが出てきて「あ、これだ」ってなったんですけど、歌詞が書けなかったんです。これをリード曲にしたいなって思いはずっとあったんですけど、じゃあ何を歌おうかっていうのをいろいろ考えていて。ファーストに入ってる“手と手”みたいな、男女の小さな情愛を歌いたいけど、それじゃ“手と手”を超えられないか、と。かといって、“しょうもな”みたいな世の中に対するメッセージももうやってるしな、って思った時に──ほんとに好きな人に向けて作ろうと思ったんですよね。この曲は、わかりやすくそういう歌詞を書こうって。自分たちは今、面白くない音楽シーンにいて、デビューした時のギラギラした気持ちはなくなってしまった。その虚しさみたいなものも材料にしようという気持ちがあるから、単に悲しいとか、やる気が出ないとかじゃなくて。それを歌うのはずっとやってきたことだし、今じゃなかったらこういう歌詞にはならなかったと思います。
──《それでも好きならそれだけでいいよ/これを好きな私が私は好き/死にたい夜をぶっ殺す声が/恥ずかしいくらいに刺さる今を生きてる》。こんなふうに歌うなんて!って、思いません?
“天の声”とかもわりとこういう曲だったかな。でも、あれはもうちょっとトゲがありましたよね。
──そうなのよ。ファンやリスナーらしき人たちが歌の中に登場する時は、必ず皮肉の対象だったのよ(笑)。
確かに。だから、これがどう聴かれるのか楽しみです。あと、いつもは「あたし」って書いてたところを「私」にしたのも大きな変化かな。ちょっと大人になってるっていうか、むき出しで行かなくても伝えられるかもって思ってる感じがします。
──簡単に言っちゃうと、あったかいよ。
ああ。今までは、怒鳴らないと伝わらないと思ってたんです。でも今は、喋るように語りかけても伝わるだろうっていう信頼があるのかなと思います。
──“タヌキネイリ”“痛々しいラヴ”“口の中”もそれぞれにいい曲で。ラストの“生きてみます”は唯一、歌詞がちょっとトリッキーといえばトリッキーですね。
ああ、そうですね。これは、次の日に弾き語りのライブがあって「明日何歌おうかな」って考えてる時に、なんとなくその場で作ったんですよ。いつもはそんなにすぐに歌えないんですけど、その時は歌えて。その感じがすごいよかったから、この歌は自分のものだなって。でもライブは明日だし、歌詞どうしようかと思いながら、ひと筆書きでさっと書いたら、すごいしっくりきたんです。ほんとに大事なことって、それで歌えちゃう。で、結局それが届くっていう。それ自体が馬鹿馬鹿しいし虚しいし、滑稽だなと思って。そういうことを含めて俯瞰で見て、作品にできた感じがしますね。
──自分のありのままを、ありのままに歌詞に落とし込むのって、いちばん難しいことだと思うんだよ。でもこの曲では、《生きてみます》っていうフレーズに落とし込めていて。《君の好きな歌を歌ってたら救われることもあるから困る》っていうところで「君」が出てくるのも、すごく重要だよね。
やっぱり今回は、聴き手に対する感覚がすごく強いですね。特に“私の歌”と“生きてみます”はそうだと思う。
──君が聴いてくれて、好きでいてくれることが僕を救うっていう、すごくシンプルな言葉だよね。
まあ、それがしんどいっていうとこも歌ってるんですけど、でもそれでしかないので。こういう曲を作ると、一章が終わってしまうというか、次までしばらく時間がかかりそうな感じがするんですけど、今は、こういう曲を作ってもすぐに立ち上がれる筋力がある。ファンの人は勘ぐると思うけど、自分としては気楽に作れてる感じはします。
──それは、歌とか音楽の本質にものすごく近づいたってことだよ。前回のインタビューで俺が「尾崎くんは最近、死とか生について歌ってないんじゃない? それはなぜ?」って質問をしたんだけど、覚えてる?クリープハイプのお客さんは結構豊かなんじゃないかなって。それなりに仲のいい人もいて、共有できる人もいて。受け取ったものを自分の中だけに留めておける人が多いんだと思う
ああ、なんとなく覚えてます。でも、なんて答えてましたっけ?
──「結論を歌ってしまうことに自分は興味がない、なぜなら結論っていうのは結論で、そこで終わりだから」って。
うん。
──でも、音楽ってそういうものじゃないと俺は思うんだよね。そのままを歌っても、別に終わらない。死を歌ったとしても終わらないし、結論を歌ったと思っても終わらないと思うんだよ。この曲は「生きてみます」っていう、ありのままの自分と現状をそのまま歌ってるんだけど、別にそれで終わってはいない。曲ができたっていう、ただそれだけのことなんだよね。
《生きてみます》っていうところに辿り着けたのが──これって、隠し扉みたいな言葉で。普通は『生きています』とか、別の言葉にいっちゃうんですけど、階段1段目と2段目の間に1.5段を見つけたみたいな。やっぱりそういうところなんですよね、やりたいことって。でも《生きてみます》って歌えるまでにはかなり時間かかる。ほんとにこの一文字だけで、背中を押して落としてしまう可能性があるから、難しい。“私の歌”だって、切り取られたら変な感じで伝わる可能性もあるんですよ。でも歌詞によって、そういうものもひっくるめて、風呂敷に包み込んで持っていく覚悟みたいなものを表明できたと思ってるんです。最近の音楽って、いかに言葉から意味を消して薄めていって、まだ自分たちのことを知らない人たちに面白がってもらえるかっていう勝負になっている感じがするけど、自分の場合はそうじゃなくて、その真逆を行きたいし、行かなきゃいけないなあって。むしろそれはやりがいがあることだと思ってますね。
──ほんとのことを歌うんだけど、ほんとのことを歌ったことで、その先や他の可能性を殺しちゃうような歌い方だとダメだと思うんだよね。「生きてみます」だから成立してるけど、これが「生きていきます」だったら、ここから先10年を縛りつけしちゃう。
そうなんですよ。なかなかわかってもらえないと思いますけど、確かに「生きていきます」とは歌っちゃいけないですね。
──率直に、聴いてくれるファンに対してはどう思ってる?
やっぱり、クリープハイプのファンは独特だなと思いますね。そんなに発信しないし。たとえばツーマンライブのあとにSNS見ても、向こうのバンドのお客さんばっかり発信してるんだけど、実際の来場者はこっちのほうがお客さんが多い、みたいなことはよくある。クリープハイプのファンは黙ってる人が多いから、意外と友達いるんだろうなと思います。SNSで声が大きい人って、友達いないじゃないですか。そう思うと、クリープハイプのお客さんは結構豊かなんじゃないかなって。それなりに仲のいい人もいて、共有できる人もいて。受け取ったものを自分の中だけに留めておける人が多いんだと思う。「もっと人気ある感じ出したいから、呟けよ」って思うこともあるけど(笑)。でも、幸せかもと思います。自分たちのバンドのお客さんは、周りに大事な人がちゃんといるから。よく「クリープハイプを聴いてる人ってこうだよね」とか言われるけど、そうやって言ってるやつのほうが友達いないんですよ。それをわざわざつぶやいてるのは、それを共有する人がいないからで。黙ってるっていうのは、すごいことなんですよね。
──クリープハイプとファンって、ただ消費し合う関係じゃないんだよね。生きてる者同士っていうかな。
そうなんですよね。だから、このファンの人たちに向き合って、いろんなこと教えてもらって、こっちもなるべくいろんなことを教えられたらなって。そういう関係でいられたらなって思うようになりましたね。こういうこと言ったらますます呟きが減るかもしれない(笑)。そこは気にせず、どんどん言ってくれと思いますけどね。黙ってるのもすごくしんどいことだから。だから、何言われても、曲の中で定期的にケアはしていきたいと思ってます。今回もそういう曲を作ってるし。
──それ、言わないほうがいいよ(笑)。
はははは。
スタイリング=入山浩章 ヘア&メイク=AKIRA
衣装協力=Husky vintage&used clothing store 原宿、Side Car Charlie、YOAK、FRONT 11201