──サウンド面に関しても、もう少し具体的に聞きたいなと思うんですけど、木天蓼さんがボーカリストを探していた時にどうしてもやりたいと思っていた音楽性とは、どういうものだったんですか?意識してない、ジメジメしている、湿気の多いものに風を当ててドライにしてくれるのが歌だと思う(木天蓼)
木天蓼 本当の意味での「オルタナティブ」。ファッションで使っているのではなく、真のオルタナティブなものを作って、そこに詩音さんの声が合わさった時、まさしく中間地点の面白い化学反応が起きたんですよね。僕はすべてのジャンルの音楽を聴くんですけど、特にオルタナティブと呼ばれるものにものすごく影響を受けていて。オルタナティブな部分を、より多くの人に知ってもらうためにどう持っていくか、ということが自分の中でずっとあったんです。オルタナティブの本質はシュルレアリスム的要素が強くて、「意識してない部分にフォーカスして意識させる」といった表現が多いと思うんですけど、それってジメジメしている、湿気の多いもので、それをそのまま表現したらマニアックになる。そこに風を当ててドライにしてくれるのが歌だと思っていて。でも音楽って、自分が生まれ育った環境とかも影響してくるし、日本で真のオルタナティブを作るのは、精神論では可能なんですけど、それだけでは限界があるなって。そこに日本らしい四季や侘び寂びとか、メロディの持っていき方をちゃんと昇華しないと、自分が目指しているものにはならないし、オルタナティブでありメロディアスである曲を作ることはできても、それを歌ってくれて、まとまった時に自分の理想通りになっているというものが本当になくて。
──そこに詩音さんが現れたんですね。
木天蓼 詩音さんの歌声は、キーを高くすると素直できれいな声が出せて、キーを落とすとハスキーでダークなものが出せるんです。僕としては「ここにこのメロディがきたらずっと長く聴いていられる」というものを常に意識していて、どんなにマニアックでも、どの曲も弾き語りで歌えるように作っているんですけど、オルタナティブなジメジメしている部分に詩音さんが声で風を吹かせてくれると、「過ごしやすい季節」みたいな音楽になるんですよね。そうやって日本で活動している自分たちなりのオルタナティブを表現できているのがすごくありがたくて、流行ではないかもしれないけど、自信を持てている部分ではあるかなと思います。
──すごくよくわかりました。歌詞に関して、クレジット表記では「作詞:秘めごと」になっていますが、どういうふうに作り上げているんですか?
木天蓼 そもそも秘めごとの音楽は、「書く」というより「描く」のイメージがあって。キャンバスに、人物画、風景画、自画像、抽象画なり、色をつけている感じ。たとえばそれが美術館に飾ってあった時、その絵に対して十人十色のイメージを持つと思うんですけど、描いた人と最初にその絵を見た人が受けたイメージっていうのが、一般的にいちばん多く受け取られるイメージだと思っていて。秘めごとでは、そのイメージや感想が歌詞になっている感覚なんです。自分が曲を描いて、そこに対して最初に感想を言ってくれるのが詩音さんで、それがそのまま歌詞になっているというスタイルですね。
詩音 最初のほうは、曲を聴いて自分の中で湧いたことを書いて送るというふうにしていたんですけど、今は、たとえば私が映画を観てインスピレーションを受けたものを共有したり、自分の感情を話したりして、「こういう曲を作りたい」って言うことも多いです。私から「言葉を見せる」というより、一緒に「言葉を出す」、というか。
──一緒に作業場に入って、詩音さんが「こう感じたんだよね」みたいなことを話しながら、それを歌詞にしていく、といった進め方ですか?
木天蓼 そうです。詩音さんのその時々の思考回路と、僕がその曲を書いた時に持ったイメージを、そのまま混ぜても全然ぶれないんですよね。
詩音 木天蓼さんがメロディと歌詞をセットで作り上げたい時は、木天蓼さん中心で作ることもあります。でも木天蓼さんに共有していなくても「この歌詞には自分に当てはまると感じる部分があるな」って、最近は特に思います。
──それでいうと、“リンネ”はどういうふうに作り上げた曲ですか?
木天蓼 “リンネ”は、シュルレアリスム的観点を大爆発させました。歪んだ空間を表現しようかなと。非現実な部分にフォーカスを当てて、そこを現実にしていくっていう。それが僕のドストライクなんですけど、それをそのままやってもマニアックすぎて、あまり聴いてもらえない。でも詩音さんが歌ったら絶対にまた面白いことになると思って、すごくダークでノイジーなものを初めて作ってみました。やっぱり詩音さんに歌ってみてもらったら、J-POPと言えるくらいのものになっているなって自分の中では思って。この人は、非現実的な表現方法も現実的なものとして吐き出せる人なんだと思いました。それが僕にとっては面白すぎて。これまで明るい中にも詩音さんの陰と陽の部分を表現できていたんですけど、果たして陰の部分にフォーカスしまくって陽の部分を表現するっていうのは可能なのだろうかと思った時に、全然可能なんだなと思いました。
詩音 この曲は、いなくなった人やものについて歌っていて。なくなったと思っていたものも本当はいつも身の回りにいるんだっていう、暗い中にもそう思えている自分がいるという。全体的に見るとファンタジーな要素があるので、“リンネ”という楽曲の世界観に私も入り込んだような気持ちで歌うことを意識しました。
──あともうひとつ、韓国でも秘めごとが広まっている現象についても聞かせてください。6月28日に開催される初の韓国ワンマンライブは、キャパ500の会場(Rolling Hall)が1分で完売。どういうきっかけで、韓国のリスナーが増えたんですか?ネガティブな部分ばかりじゃなくて、そんな自分自身も巻き返していきたいし、強くなった自分で反撃していきたい(詩音)
木天蓼 詩音さんが最初に気づいたんだよね?
詩音 ある日から、韓国の方からのコメントが増え始めて。韓国の方が宣伝してくれていて、そこから広まったみたいなんです。“劣等感”から、だんだん違う楽曲もちゃんと聴いてくれていたり、このあいだの日本のライブにも韓国から来てくださった方がいたり、本当に嬉しいです。そうは言っても、そんなにたくさんの方には広まってないだろうなと疑っていたので⋯⋯。
木天蓼 びっくりしたよね。「1分でチケットが全部なくなりました」って連絡きた時は、「いやいやいや、ないないない」みたいな(笑)。
──東京キネマ倶楽部でのワンマンライブ「秘めごと 単独公演『狼煙』」では、詩音さんが「ここから巻き返していくぞという決意と反撃の狼煙を上げにきた」というMCをされていたじゃないですか。「巻き返していく」「反撃」という言葉が出てきたことにびっくりしたんですけど、そこにはどういう想いがあったんですか?
詩音 ネガティブな部分ばかりじゃなくて、そんな自分自身も巻き返していきたいし、強くなった自分で反撃していきたい。そういう決意を自分にも言い聞かせたくて、あそこで言いました。
──ここまでの5年間に悔しいことがあったというより、自分自身に対する言葉だったんですね。
詩音 でも、中には悔しい思いをしたこともありました。数字にとらわれちゃう自分もまだいたりして、自分の思うようにいかないなって感じることもあったんですけど、自分たちらしく音楽を作って届けていくことをぶらさないように、秘めごとらしく戦っていきたいという決意の言葉でもありましたね。
──秘めごとの軸のひとつは詩音さんの生き様を投影した表現であることと、木天蓼さんが作る楽曲はプロフェッショナルで高いクオリティでありながら、芸術全般の知識や感性が秘めごとの世界観を構成する音以外の部分にも存分に発揮されているということが、今日よくわかりました。今は7月にリリースするメジャー1stミニアルバムの制作中ですか?
木天蓼 はい、毎日やってます⋯⋯今、遠い目に⋯⋯。
詩音 絵本仕様のCDなので、それもまた新しい挑戦です。絵本の物語も木天蓼さんが書いていて、それに合う曲を作ったりしていて。全曲でひとつの作品として作っているので、難しい部分や大変な部分もあるんですけど、これらがまとまった時にどうなるのかが私も楽しみです。