フロントマンの汐田泰輝(Vo・G)とたっぷり語り合った本インタビューの大半は、曲を書く彼自身の内面の変化──端的に言えば「自分のことを歌う」「自身の感情を楽曲で表現する」ようになった変化とその背景に基づいた内容となっている。しかも、そのことが要因となって今作の半数を急遽別曲を作ることで差し替えたのだと言う。ロックミュージックにおいては基本の表現スタイルのようで、実は己自身と混じり気なく偽りなく真摯に向き合った表現ができている奴はそう多くない。体よく飾り立てた言葉を並べたほうがウケる場合だってある中で、でも本質はそうじゃないことに気づき、向き合わずにはいられなかった汐田は真っ直ぐな男だ。そしてその真っ直ぐさこそバイハンのロックをブーストさせる核心であるはず。後年振り返った時に明らかなターニングポイントとなるであろう今、彼の語った言葉と抱く思いにぜひ触れておいてほしい。インタビュー=風間大洋 撮影=三川キミ
──以前レビューを担当させてもらった時に「うまいこと立ち回れるバンドやそもそもバンド形態に固執しないスタイルも多い時代において、初期衝動型の古き良きバンドのイズムを感じる」というようなことを書いたんですが。実際、そういう自覚はあります?今回のEPにも、レビューを書いていただいた『ソフビ』にも一貫してるのは、メジャーコードの素晴らしさみたいな──どんどんいろんな音楽が増えて複雑化もしていく中でも、ストレートなものが土台にあるんだろうなと思ってます。そういうものがナチュラルですっぴんな状態で出やすいと思います。──もともと、そういう音楽に憧れて始まったんですか?最初はRADWIMPSの『アルトコロニーの定理』と、BUMP OF CHICKENの『COSMONAUT』のCDを2枚同時に買ったんですけど、これがもう絶対の土台というか。アルバムというものの音楽体験はそこから成り立っているし、何か自分が迷った時に聴き返せば、絶対に元いた場所に戻してくれる存在です。──それはちょっと意外かもしれない。RADにせよバンプにせよ、もっとシンプルにバンドの勢いが前面に出た作品もあるわけじゃないですか。最初は今よりももっと複雑でややこしいものが好きでした。でもどこかのタイミング、それこそバンドを始めて5〜6年のタイミングとかで、自分の好きややりたいことよりも、自分に向いてることをやろうと意識が変わった瞬間があって。自分がときめいてるものって、自分にないものだからときめいてるんだなと納得したというか。自分の表現をいちばん適切に届けられるのは、いわゆるギミック的なものではないという、憧れから少し離れる瞬間はありました。僕はバンドというものにすごく魅力を感じていて、触れたカルチャーや培ってきたものがそれぞれ全然違う、言うたらちょっと世の中のはみ出し者な人たちが音楽だけでひとつになれる。この4人によって音楽が存在しているという。僕の曲を届けるというのが以前の考え方だったけど、バンドで鳴らすうえではメンバーの人間性やキャラ、関係性とかに真実が乗っかるというか。シンプルなことを歌っても、この4人でやればそれ以上の何かになるんだよなっていう瞬間をライブで感じてきたのが、ここ2〜3年の大きい変化だと思いますね。──歌っていることと鳴らしている人たちに、乖離がないものでありたい。そうです。そこが自分の中でめちゃくちゃ大事なんやなって。──そこも踏まえ、前作以降で新たに試みたことや興味が向いたことは何かあります?めちゃくちゃありました。恥ずかしながら、これまで意外と自分のことを歌ってこなかったんですよ。音楽は音楽、人は人で切り分けて楽しんでたタイプというか。でも、他の人のライブを観た時に、『この人がいるからこの曲ができるんだ』って感じたと同時に自分がそういう曲を作ってこなかったことに気づいたんですよ。僕自身の苦しみや悲しみを歌うことが何かの希望になることや、自分自身のストレスも他の人の音楽で発散できていることに気づいたことで、僕も同じ体験をさせてあげないとって思ったら、少なくとも自分みたいな人は救ってあげないといけない。それが世の中にどれだけの人数いるかはわからないけど、もっと自分の本当に奥底にあるリアリティを歌わないとっていう、使命感がめちゃくちゃ芽生えたうえでの制作になったのは変化として大きいですね。世の中にどれだけの人数いるかはわからないけど、少なくとも自分みたいな人は救ってあげないといけない。
──自身のリアリティで言うとたとえば?自分の喜怒哀楽の中でいちばん大きいのは「怒」っていうことを自覚してるんですけど……自主制作の1stでめちゃくちゃ怒ったアルバムを作った時に、怒りには共感性がないんやなって挫折したんですよね。怒ることが自分を表す感情やのに、それを音楽にしてみたら人と怒るポイントが全然違ったから失敗した感覚になったというか。しばらくそこに蓋をしながら歌ってきたんですけど、どうしても無視できなくなったのがこのタイミングやったという。──感情の種類としてはネガティブな方向だから、鳴らしたい音とはギャップもあるわけだけど、そのあたりはどう向き合いました?僕は「なぜか泣ける」とか、そういう裏腹なもの……それこそメジャーコードで悲しい内容を歌っているようなものが好きで。それこそが人間の複雑な心境にマッチしている気がして。僕がよく言う表現として、涙が下じゃなくてスピードによって後ろに流れていくような感覚の曲に、めちゃくちゃ勇気をもらうんですよね。涙を流しながらも前に進んでいく人の生きる力を感じた時に「これは俺の曲だ」と思えるというか。それを俺もやりたい、というのが最近の裏テーマとしてあります。──前作以降でメンバーチェンジもありました。塚川さん(由祐/Dr)の加入による変化はどのようなものでしたか?めちゃくちゃ大きかったですね。結成11年にして、いろんな意味で1年目みたいに感じるくらい、ひとりが変わることの影響で全然違うものになるんやなってあらためて感じました。……ただ、去年リリースした“BEGIN AGAIN”っていう曲で前のメンバーのことを歌ったことで、モヤモヤがすっきりした感覚はあって。「あ、歌にするってこういうことやった」って思い出すきっかけがあってのこのEPやったから、今から起きることすべてを曲にするぞ、くらいの意気込みになったことが、メンバーが変わったことのいちばんの影響だったと思います。僕らにとっていちばんの誠実さというのは、すべての出来事を歌にする覚悟があるかどうか
──ちょうどやろうとしていたことのヒントにもなったと。そこからEPの形が見えてきたのはいつ頃だったんですか?むちゃくちゃ後半でしたね。僕の中では「さっき」というくらい(笑)。実は“暗がりから笑え”と“orion ring”はもともと入る予定じゃなくて、別の曲で制作が進んでいたところに新しく“春窓”を作るきっかけがあってから、何かが違う気がしてきて。メンバーもうっすら「違う」というのを感じてる気がしたので──最近月イチで、僕の家でミーティングついでに遊ぶご飯会みたいなのを開催してるんですけど、その時に勇気を出して「違うような気がしてきてる」「“春窓”ができたことによって嘘ついてるような気持ちになってる自分がいる」と言ったら、「わかるよ」みたいな。そこから、いうても1ヶ月もないくらいの状態だったんですけど、新しく作る以外に選択肢がなくて、作った2曲のアレンジがレコーディングの2日前に固まるくらいの、とてつもない緊張感の中でやりましたね(苦笑)。
──転機となった“春窓”は「大切な人を見送った」ことで生まれたそうですが、そういうパーソナルな心情を綴ったことが感覚を変えるトリガーになったんでしょうね。死というものはすごくショッキングな題材なんですけど、立て続けに身内の不幸があった1年でもあったんですね。それを曲にする罪悪感みたいなものに悩んだ時期もありましたけど、今はそれすら歌にできないんだったらミュージシャン失格くらいの使命感があって。僕らにとっていちばんの誠実さというのは、すべての出来事を歌にする覚悟があるかどうかだと思っているから、この曲ができたことによって誰かの止まっていた人生を動かせるなら、僕の作った音楽が意味のあるものになるっていう。だから、正直に言うと広く届ける気はまったくなかったというか、自分と同じような状況にあった人たちがたまたまこの曲に出会った時に、少し前に進めるならいいなという小さな願いで作った曲です。