今回は、結成から現在までを「6つのターニングポイント」で区切り、Klang Rulerの歩みとコンセプトを深掘ることにした。yonkeyが作る楽曲のクオリティも、やすだちひろのボーカルだけでなくメイクやファッションなどのビジュアルセンスも、全員で遊ぶように映像を作ってきた背景も、すべてがKlang Rulerのオリジナリティとアイデンティティになっている。そんな12年を振り返ってもらって最後に辿り着いたのは、クリエイティブにおける真意とも呼べるものだった。
インタビュー=矢島由佳子
──今回はKlang Rulerのこれまでの歩みを読者に伝えられる記事にしたいと思っていて、私から「6つのターニングポイント」を考えてきました。こちらが想定してないことで「意外とあれがターニングポイントだった」ということが、もしあれば教えてください。まずひとつ目のターニングポイントは、結成。2014年、高3の時にyonkeyさんが隣の家に住んでいたSimiShoさんを誘ったところから、Klang Rulerはスタートしているんですよね?本当にやることがなくて、ずっとスマホゲームとかで暇を潰していたんですけど、UVERworldさんのライブを観させていただいて「これだ!」って(yonkey)
SimiSho(Dr) その時はまだドラムを始めていなくて。もともと野球をやっていたんですけど辞めてからは暇で、yonkeyと家の前でたむろっていた時に「俺らもバンドやるか」って(笑)。そこから俺ら以外に、音楽に興味ありそうな地元の友達ふたりに声をかけました。yonkey以外は音楽経験がなくて、みんな素人。俺は……和太鼓だけ……。
yonkey(Vo) 「太鼓だし、ドラムいけんじゃない?」みたいな。
SimiSho 安直だよね(笑)。本当はベースかドラムのどちらかがいいなと思っていたけど、yonkeyに「太鼓やってたんだからドラムな」って言われて強制的にドラムになりました。
やすだちひろ(Vo) yonkeyの音楽経験って、ピアノのこと?
yonkey まあそうだね。ずっとクラシックピアノをやっていたので。習い事の一環みたいな感じですけど、4人の中では音楽経験があるって言えるんじゃないかな。
yonkey UVERworldさんの2013年の武道館ライブをSimiShoと一緒に観に行って、その夜とかに決めたよね。
SimiSho 「俺らもやるか」って(笑)。
yonkey それまで僕ら、本当にやることがなくて、ずっとスマホゲームとかで暇を潰していたんですけど、UVERworldさんのライブを観させていただいて「これだ!」って。
SimiSho 歌詞にもなっているもんね。“iCON”の《2013武道館から180裏返し今のライフ》でしょ。
──そこから音楽の専門学校へ進むことを決めるくらい、真剣に音楽にのめり込んでいったということですよね。
SimiSho かとちゃんとは、泊まりであった専門学校のオープンスクールでたまたま相部屋になって。僕とyonkeyと当時のメンバーもうひとりと、かとちゃんの4人部屋で、かとちゃんだけアウェイな状態だったんですけど、かとちゃんは5弦ベースを持っていて僕らからしたら「何そのベース!」みたいな。
かとたくみ(B) しかも柄がえぐいベースを持っていて(笑)。当時のベースがちょうど辞める時期で、「こいつを入れるしかない」みたいな感じになって。
SimiSho 面識はなかったけど、かとちゃんと僕が同じ高校だったんですよ。それもあってスカウトしました。
──当時の音楽性や曲の作り方において、今と違いはありますか?
SimiSho 専門学生時代はみんなで一緒にスタジオ入って曲を作ったり、誰かがリフを持ってきたり、かとちゃんが曲を作ってみたり、いろんなやり方をしました。でも結局、初期からずっとyonkeyが中心となって曲を作っていた記憶がありますね。
かと 色々試したけど、yonkeyが作ったものに肉づけするのがいちばんスムーズに進んだので、それに落ち着いた感じかな。「こういう音楽を作ろう」という軸は本当になくて。それぞれ好きなジャンルがバラバラだから、曲の中に「このパートはこいつが好きなんだろうな」みたいなものがある、というのが当時から多かったですね。
──ふたつ目のターニングポイントには、2019年にYouTubeでカバー企画「Midnight Session」を始めたこと、というトピックを持ってきました。世の中的には、コロナ禍に入ってからカバーをSNSやYouTubeに上げるバンドマンが増えたと思うんですけど、Klang Rulerは相当早かったですよね。しかもTikTok時代の前から自分たちで凝った映像を作っていたというのも、バンドの面白いポイントであり強みだと思います。2019年までは、どんな活動をしていたんですか?(「Midnight Session」が)新しい学校のリーダーズのプロダクションにも活きましたし、Klang Rulerのアレンジ論の基盤にもなる企画だなって(yonkey)
かと 「Midnight Session」の前からオリジナル曲のビジュアライザーとかを作って出していたよね。そうやって自分たちで動画を制作したり、ライブをしまくったり、という感じでした。
yonkey 今も僕らのYouTubeにある“The Way You Are”とか、完全にDIYで。2日くらい家にこもって、1フレームずつ撮ってました。
──その頃は「どうにか見つかってほしい」みたいな気持ちで、動画を作ったりライブハウスに出たり?
yonkey 「誰かに見つかりたい」という感覚より、「これ、面白そうだからやってみよう」みたいな感じだった気がする。ひたすら楽しいことをやっていた気がしますね。僕、昔からガジェットとかが好きで、スマホも早い段階で親に買ってもらったんですけど、中学生の時には友人を集めて自主映画っぽいものを撮ったりしていました。クラスでいかつめのやつを殺し屋の主人公にして、『レオン』のシーンをサンプリングしたり(笑)。そういうことの延長線上な気がします。
SimiSho yonkey、漫画を描いていた時期もあったんですよ。
yonkey 漫画を集英社に持ち込んで、夏休みの2ヶ月をかけてこだわって描いたものを10秒で読まれて、「これじゃ面白くないね」って言われました。そこで心が折れて引退しました(笑)。
──(笑)。「Midnight Session」を始めたきっかけはなんだったんですか?
SimiSho 最初、僕の実家の屋上でtofubeatsさんとかのカバーを撮ってInstagramに上げていたよね。
yonkey それの反応がよくて、「このコンテンツは面白そうだな」と思っていたところで、ちょうどシンガーソングライターのkojikojiくんと出会って「何か一緒にやろうよ」みたいになって。じゃあカバー動画をやってみようかという感じでやったのが「Midnight Session」の始まりだった気がします。その時から少しずつリミックスのお仕事をいただいていたんですけど、既存曲のアレンジを書き換えて別の感覚で聴かせることがすごく楽しいなと思っていたので、それをこの企画に当てはめたら面白いんじゃないか思っていた気がしますね。
──「Midnight Session」を始めたことで、いろんな広がりがあったんじゃないかと思うんです。たとえば、2019年に「Midnight Session」で新しい学校のリーダーズと和田アキ子さん“笑って許して”や山本リンダさん“どうにもとまらない”のカバーをやったことが、“オトナブルー”のサウンド構築につながっているだろうし。
yonkey そうですね、実験の場みたいな感じでした。歌謡曲をああいった形でアレンジするのは、当時あまりなかったように感じていたから、「これってすごく面白い組み合わせだな」と思って。結果的に新しい学校のリーダーズのプロダクションにも活きましたし、Klang Rulerのアレンジ論の基盤にもなる企画だったのかなって思います。
──そして3つ目のターニングポイントが、2021年、ちひろさんとGyoshiさんが加入。2020年にちひろさんが「Midnight Session」に出演し、ORIGINAL LOVE“接吻”とandymori“1984”のカバーをやったあと、正式メンバーとして入ることが決まったのはどういう経緯だったんですか?
yonkey 渋谷WWWのワンマン(2020年12月13日)にPOLYとして客演してもらうことが決まっていて、そのリハーサルのためにスタジオに入った時、空間がハモってるな、めっちゃいい感じだな、みたいな空気感が、ちひろさん含めみんなの中であって。ちょうどその時、ソロプロジェクトでAAAMYYYさんに歌っていただいたり(“ダウナーラブ(feat. AAAMYYY)”)、新しい学校のリーダーズのプロデュースを任せていただくようになったりして、自分の感覚として詩もメロディも含め、女性の曲を書くのが好きだな、自分の得意な部分にマッチしているなと思っていたので、バンドでも女性ボーカルでやってみたいという気持ちがありました。それで「正式メンバーとしてどうですか」と誘った流れでした。
やすだ 私は2019年までバンドをやっていたんですけど、解散して、1年くらいはPOLYとしてソロで活動していて。その時、「もうバンドはいいや」と思っていたんです。バンドをやっている期間はめちゃくちゃ楽しかったんですけど、解散したあとは自分の中で長く続けられることをやりたいという気持ちが大きくて、でも人と一緒に何かを長く続けることの難しさを感じていたから、そこに足を突っ込むのが怖くて。だけど、初めてスタジオに入った時の空気感や、みんなで楽曲を構築していく姿を見て、「やっぱり(バンド)やりたい」ってなっちゃいました。
──サポートギターとして参加していたGyoshiさんが正式メンバーになったのは、どういう理由だったんですか?
Gyoshi(G) 同じ専門学校でみんなの1個上の代だったんですけど、普通にKlangを応援していたっていうか。好きなバンドで、ライブに通ってました。前のギターが脱退したタイミングで誘ってくれて、最初の1年はサポートだったんですけど、もう本当に楽しくて。それでちーちゃんと同じタイミングで加入しました。
yonkey (Gyoshiは)もともとギターのカバー動画とかをYouTubeに上げていたのでサポートをお願いしたんですけど、彼女のギタープレイや全体的な雰囲気がこのバンドには絶対に必要だなと思っていたので、たまたまその時期になっただけで、僕はずっと入ってもらいたいなと思っていましたね。