【インタビュー】沖縄発の3ピースバンド、クロムレイリーが放つ1stアルバム『Day By Day』。鮮烈なギターロックサウンドに潜む優しき眼差しの理由

【インタビュー】沖縄発の3ピースバンド、クロムレイリーが放つ1stアルバム『Day By Day』。鮮烈なギターロックサウンドに潜む優しき眼差しの理由

クロムレイリーの鮮烈なロックサウンドは、どこか優しい眼差しに満ちている。彼女たちの音楽は聴く者の心に自然に寄り添い、過去の思い出も未来への思いも、すべて優しく包み込んでともに歩いてくれるような、そんな響きを持つ。クロムレイリーは沖縄発の、同い年の3人で活動する3ピースバンドだ。結成のきっかけや現体制になった経緯などはインタビューを読んでもらえればと思うが、彼女たちの紡ぎ出すアンサンブルは、まだ19、20歳のものとは思えないほど懐が深い。シンプルな音楽衝動に突き動かされながらも、ももか(Vo・G)の歌を、その言葉を、最大限に活かすバンドアレンジに、とてつもなく大きな可能性を感じる。
そんなクロムレイリーの1stフルアルバム『Day By Day』が8月5日にリリースされた。10代最後の、そして20代最初のアルバムは、青春のまぶしさと音楽への希望、そしてあたたかな愛が詰まったフレッシュな作品となった。ライブバンドとしてもめきめきと頭角を現し始めたクロムレイリー。まずはこのアルバムで存分にその魅力に触れてほしい。インタビュー=杉浦美恵 撮影=小財美香子

TEENS ROCKで優勝してROCK IN JAPAN FESTIVALのステージに立つというのは、自分たちの世代の中ではいちばんの夢で。それを目標にみんな3年間頑張っていた(ももか)

──クロムレイリーはももかさんが高校1年のときに組んだんですよね。どういうきっかけでバンドを?ももか(Vo・G) 中学生のときにコロナ禍が始まって、弾き語りアーティストがすごく増えたんですよね。自分で音楽を作る人がどんどん増えてきているのを見て、自分も曲作りができるかもしれないと思って。それで、トイレでひとりで鼻歌で曲を作ったりしていたのが最初のスタート。そのあとバンドにハマって聴くようになって、高校には軽音楽部というものがあることを知って、軽音楽部が強い高校を探して進学しました。──高校時代にクロムレイリーとして活動を始めて、高校3年のときにはTEENS ROCK(全国高校生アマチュアバンド選手権)でグランプリを獲得。ひとつ大きな目標を叶えたという感じでしたか?ももか そうですね。私は首里高校に通っていたんですけど、その近くの児童館が無料で貸し出しているスタジオで練習させてもらったりしていて。当時、りのは同級生でライバルバンドのベーシストだったんですよ。ゆかも高校は違うけどライバルバンドで、その頃からライブハウスで対バンしては切磋琢磨したり、お互いに曲に対してアドバイスしあったりしていて、すごくいい環境の中でクロムレイリーが育ったからこその結果だったと思います。──りのさんは、どういうきっかけで音楽を始めようと?りの(B・Vo) 私はもともと小学1年の頃から高校までピアノを習っていて、中学では吹奏楽部にも入って、ずっと音楽が人生の中にありました。次は何をしようかなと思ったときに、首里高校の軽音楽部紹介の映像を観たんですよね。それが衝撃的で。「楽しそう!」って思ったのがきっかけでした。──ベースを手にしたきっかけは?りの 地元の子たちとバンドを組むことになって、その子たちが「私はギター」「私はドラム」って、すでに決まっていたので、「じゃあ私はベース」っていう(笑)。──ゆかさんがドラムを始めたきっかけは?ゆか(Dr・Cho) 私もりのと同じく、小学1年のときにピアノを習い始めて、3年のときに小学校の吹奏楽部に入部しました。楽器の振り分けをするために、金管楽器のマウスピースを吹いて「音出せる?」みたいなテストをやっていたんですけど、ドラムスティックと練習板を持って、メトロノームのカチカチという音を聴きながら叩いたときに、顧問の先生に「あなたは打楽器ね」ってすぐに言われて(笑)。それが始まりでした。そのあと、県内では珍しい軽音楽部がある中学校に進学して、中学、高校とドラムをやってバンドを組んで、今はクロムレイリーで叩いています。──2024年、ももかさんはクロムレイリーでTEENS ROCKのグランプリを獲り、その年のROCK IN JAPAN FESTIVALに出演しましたよね。そのとき、りのさんも沖縄から駆けつけて客席から観ていたそうで。りの はい。会場に行って観ていました。ももか りのは、TEENS ROCKの全国大会のときからクロムレイリーを応援するって言ってついて来てくれて。ひたちなかにも来てくれて、りのだけじゃなくて沖縄から来てくれた人たちが前のほうにいてくれる安心感がありました。ちょっと背伸びしたステージに立たせてもらえたんですけど、おかげで安心して楽しめました。──ゆかさんは、クロムレイリーがROCK IN JAPAN FESTIVALのステージに立ったことを、どんなふうに見ていましたか?ゆか 高校3年の9月だったから、ちょうどその頃は大学進学の準備期間で、現地に行くことはできなかったんですけど、すごくうらやましいという気持ちでした。りのがついて行っていることは知っていたので、私も行きたかったっていうのと、当時私は別のバンドで活動していたので、純粋にライバルとして悔しいという思いもありました。クロムレイリーが優勝した前年に、私のバンドも沖縄県の県代表になったことがあって。でも全国大会の優勝は掴めなかったんですよ。そのステージに同級生が、それも古くから知っているバンド仲間が立っているということに、少し悔しい思いをしていました。ももか それくらい、TEENS ROCKで優勝してROCK IN JAPAN FESTIVALのステージに立つというのは、自分たちの世代の中ではいちばんの夢で。それを目標にみんな3年間頑張っていたんです。
【インタビュー】沖縄発の3ピースバンド、クロムレイリーが放つ1stアルバム『Day By Day』。鮮烈なギターロックサウンドに潜む優しき眼差しの理由

この3人で音楽をやってるときがめちゃくちゃ楽しくて、これがずっと続くならこんな幸せなことはないなあって思っていた(りの)

──でもクロムレイリーとしては、その夢が叶ったあと、ベースとドラムが脱退するということになるわけで。ももか 高校3年になったときから、薄々、進学を理由にメンバーが抜けてしまうかもなという心構えはありました。もちろんメンバーが抜けるのは寂しかったけど、高校時代は、自分ひとりでもちゃんと立てるようにする準備期間だとも捉えていたから、前向きに考えられていたと思います。バンドを組んだときは「このメンバーだからやりたい」という理由で始めたのが、メンバーが抜けることをきっかけに、「なんで自分は音楽をやりたいんだろう」ということに向き合ったんですよね。──その答えはどんなものだったんですか?ももか なんで音楽が好きなんだろうって考えたら、やっぱり歌うことが好きだからだし、じゃあなんで歌うことが好きなんだろうと考えたら、伝えたい歌詞があって。それが自分自身の心のお守りにもなっているし、聴いてくれる人のお守りにもなったり、そういう関係性に、自分はすごく魅力を感じているんだなあと。歌い続けることによって、それがこの世の中に残り続けるかもしれないっていうことに、たぶんすごくロマンを感じたんだと思います。──それでソロで弾き語りの活動を続けたあと、りのさんとゆかさんに声をかけてバンド活動を再開。最初ふたりはサポートメンバーでしたが、昨年のツアーファイナルでりのさんが正式加入することが発表されて、先日ついに、ゆかさんも正式メンバーとなったことが発表されましたね。りの 私はサポートで入ったときから、正式に入りたいなあっていう気持ちがあったし、ももかからもちょっと言われてたような気もします。ももか ちょっと匂わせてはいたかもね(笑)。りの サポートしていても、この3人で音楽をやってるときがめちゃくちゃ楽しくて、これがずっと続くならこんな幸せなことはないなあって思っていたから。ゆか 私も、ももかから熱烈なラブコールをもらっていたんですけど、始めは本格的に参加する心構えができていなかったんです。でも楽曲制作に参加したりライブをしたり、日々一緒に過ごす中で居心地の良さを感じている自分がいて。ただ、バンドを本気でやっていくという覚悟が、りのと同じタイミングではできなかったんですよね。気持ちはあっても覚悟が決まらなかったし、決断ができなかったんです。ももか 2、3回フラれたよね(笑)。ゆか そうなんです。「ごめん、ほかの人を探してください」って言ったことが2回くらいありました。ももか 私、諦めが悪くて(笑)。でもよかった、諦めなくて。──そうしてクロムレイリーはこの夏から正式に3人での新体制になり、初のフルアルバム『Day By Day』が8月5日にリリースされました。記念すべき1stアルバムはどんなものにしたいと考えていましたか?ももか 最初、曲を作っているときはアルバムにするという意識はなかったんです。でも、自分の曲の根本的な部分──日常の中に生まれる葛藤とか悩みとか不安とか、そういうものに寄り添うというか、ちょっとでも聴いてくれた人の背中を押せたらいいな、一緒に進んでいけたらいいなという思い──みたいなものを表現できたらいいなというのはあって。そのコアな部分をタイトルとして打ち出して、そういう選曲でアルバムを出すのがいいかもしれないと思いました。──1曲目の“tour”から、音楽への愛というか、まさにバンドを続けていくことの理由が示されているような気がしました。ももか これは昨年、ライブツアーを回っているときに書いた曲です。キャンピングカーで回っていたんですけど、高速道路のSAに泊まって、外に出たらちょうど朝日が昇ってきて。そのときの景色を書いたんです。りの 聴くだけで情景が思い浮かぶんですよね。ももかの弾き語りのデモを聴いて、ベースのイメージもすぐに湧いて、こんな感じなのかなっていう自分の解釈で弾けました。あたたかいオレンジ色の太陽みたいなイメージで。ゆか ももかのデモを聴いて、これまで回ってきたライブハウスの光景や出来事が全部フラッシュバックして、本当に映画みたいに景色が浮かぶ曲になりました。私はドラムなので、ふたりの背中越しに客席が見えるんですよね。その情景が思い浮かんで。ももかはそのツアー中、もう満身創痍だったんですよ。初日に急性胃腸炎になって、その状態にもかかわらず、各地で魂を込めたライブをしていて。本当にこの歌詞の通り《幸せだと叫ぶよ》って歌う、その背中を見ていたので、今もそのときのことを思い出しながら叩いています。──ももかさんの書く歌詞は、言葉選びが丁寧というか、すっと心に染み込んでくるようで、どこか、あたたかさを感じるんですよね。ももか ひとつの感情を表現するとき、たとえば「楽しい」っていうと確かに楽しいけど、それ以外の感情も、そこにはある。その入り混じる感情も取り逃したくなくて、私はここで「幸せ」という言葉を使って、広く伝わるようにしました。できるだけ、そこにある感情をひとつも取り逃さないようにというのは意識して書いています。
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