ソロ活動の集大成ともいえるセカンドアルバム『Fantastic Magic』を携え、東京・仙台・名古屋・大阪をまわるTK from 凛として時雨(以下、TK)のライヴハウスツアー、「TK from 凛として時雨 TOUR 2014“Fantastic Color Collection”」。そのツアー初日である。チケットは早々にソールドアウトとなり、会場のZepp DiverCity TOKYOは、『Fantastic Magic』の世界観を、実音として、直接肌で感じるべく集まった人々の期待値で膨れ上がっていた。
ステージ上は、正面にセットされたTKのギター・スペースを中心に、上手(向かって右)からBoBo(Dr)、大古晴菜(Piano)、佐藤帆乃佳(Violin)、山口寛雄(B)が、半円状に配置された布陣。本ツアーはこのあと3公演が控えているので、楽曲や演出についての記述は、ごく一部に留めさせていただくが、アルバム『Fantastic Magic』収録曲を軸に、最新シングル『unravel』や、ファーストアルバム『flowering』、EP『contrast』の曲も含め、ソロキャリアのポイントとなる楽曲を網羅するとともに、TKの多彩な作風を堪能できるセットリストとなっていた。
なかでも、ライブ序盤に演奏され、その後のステージ全体を支配するかに思われるほど、巨大な存在感を放っていたのが“Fantastic Magic”だった。ギター、ベース、ドラムがユニゾンでかき鳴らす雷鳴のようなオープニングで空気を切り裂き、ピアノの旋律が軽やかなステップを踏みながら、地底深くうねるスラップベース&ドラムの16ビートファンクを誘う展開、そしてTKのファルセットボーカルとギターソロが天高く飛翔するクライマックスに至るまで、わずか数分の楽曲のなかで、あらゆる風景、あらゆる感情を高速でスクロールするかのような高濃度に凝縮された時間の感覚を経験する。一瞬と永遠が融合し、1つのアマルガムとなって放射されたような衝撃は、ライブ全体の印象にも通じるものだ。
一方、アコースティックギターに持ち替えてスタートした定番曲“flower”では、アコギのカッティングとサンバのリズムや、哀愁を帯びた佐藤のバイオリンの音色が、喧騒と孤独の対比を浮きぼりにする。キラキラと跳ねるピアノや情感豊かなバイオリンのカラフルな音色のなかで、4つ打ちのバスドラに乗った鉱物的な手触りのギターリフが、永遠に続く孤独な日常をトレースするかのよう。華やかなバンドアンサンブルがモノクロームな孤独を鮮やかに縁取るという逆説が、鮮烈だった。
ここまで、この文章中でも映像的な比喩を用いてきたが、この日のライブでは、オープニングから写真や動画などを多数使った演出がなされ、観る側のイマジネーションを刺激する効果を発揮していたことを、急いで付け加えねばならない。演奏する5人が立っているステージ全体に映像が照射され、バンドメンバーが映像の一部に見えたり、逆に影になったりといった演出があり、音楽と映像の組み合わせ、写真(静止画)と演奏者によるダイナミックな挙動のマッチや、モノクロ/カラーの対比など、相反する要素を組み合わせた映像的効果は見事だった。使用されていた写真の一部には、TK自身が撮影したものも含まれているということで、TKワールド100%のサウンド&ヴィジョンが舞台上に成立した瞬間もあったことになる。
ライブ中盤に演奏された“contrast”では、ピアノに合わせたポップでキャッチーなAメロから、ドラムのタイトなビートとTKのハイトーンボーカルともに、次第に広大な空間へ視界が開けていくような展開が心地よい。「夜を見上げて 消えかかったものを全部思い出すよ」という歌詞と、ステージ後方に映し出された映像とがシンクロし、ショートフィルムを観るように心を揺さぶられる。映像によって喚起される空間性や奥行きが、パワフルなバンドアンサンブルのサウンドのスケール感を、何倍にも増幅し、5人のプレイヤーの個性も、いっそう際立ち、力強く聴こえてきた。
終盤に入って、TKが「凛として時雨というカッコいいバンドのカバーをやります」とMCしてスタートしたのは、“シャンディ”のセルフカバーである“shandy”。これまでも彼のソロステージで演奏されてきた曲ではあるが、バイオリン、ピアノが加わった5人で怒涛のごとく駆け抜けていく演奏は、オリジナルとはまた別種の緊張感がみなぎっている。ウィスパーからハイトーンまでを歌い分け、いくつもの声を多声的な会話のように響かせるTKのボーカリゼーションと計算されたギタープレイは、マルチなキャラクターを一人で演じ分ける名優のようですらある。だがライブ中、MCでオーディエンスに語りかけるTKは、こちらの思い込みとはまったく無縁に「今日は、ホール(コンサート)のときより、ちょっと距離が近くなった気がしませんか?」などと、穏やかな笑顔で語りかけていた。あるいは、「(ある曲で)歌詞をずっと間違えて歌っていたので、ちゃんとした歌詞はCDで聴き直して」とはにかんだ笑顔を見せる。強靭な美意識に貫かれた圧巻のパフォーマンスと、力の抜けたこの笑顔の落差。ここにもTK from 凛として時雨の音楽の秘密を解くカギがあるのかもしれないとも思う場面だった。
そして、もうひとつのハイライトが最新シングル曲“unravel”だった。静寂のオープングから、一瞬にして轟音の異世界へワープしていくこのカタルシス。空漠としたメランコリックな音空間を差し貫く光は、TKの心象風景を鮮やかに描き出し、風景の移りゆきをダイナミックに照らし出していった。バンドと楽曲は完全に溶けあったとき、最後はただひとつの心臓の鼓動にも似たパルスへと収斂していくかのよう。クライマックスのTKの絶唱は、そのパルスの向こう側にある生と死の境界へ声を響かせようとする祈りでもあり、希望でもあるのだ。
この日、会場に高らかに鳴り響いていたもの、それは何だったろう? 触れれば壊れそうなほど繊細で甘美な轟音ロックと、ハイトーンボイスのイノセンスと絶唱を往き来するダイナミズム。モノクロームな音のカケラから光を放つカラフルなメロディの温もりと、そして、意外なほど肉体的で官能的なダンスビートたち……。だが、TKとバンドメンバー4人が鳴らしたサウンドを表現するのに、どんなに言葉を費やしても、決してその音には追いつくことはできないのかもしれない、とも感じる。瞬間、瞬間で表情をクルクル変えながら、ただ何か特別なものが今、目の前を通りすぎたという鮮烈な記憶を残して移り去っていく音楽。客席のわれわれは、圧倒的なサウンドの力に刺し貫かれ、戦慄に震えながら、その前でただ立ち尽くす。目くるめく、稀有な時間を2時間。TKが奏でる音楽をライブで聴く体験とは、恐らくそんな体験なのだ。(岸田智)