ちなみに、22年前の武道館の開演前のときは、今回のように期待一色というわけではなかった。『セカンド・カミング』への賛否両論と、漏れ伝わって来ていたメンバー間の不協和音、そしてレニの脱退と、来日前に負の要素が積み重なっていたこともあり、期待と不安がせめぎ合う中で幕を開けたのが1995年の武道館だ。
そして結果から言えば、不安は的中した。私は今でも、あの22年前の武道館が過去最悪の来日ステージだったと思っている。
あれから22年。彼らはついに4人の完全体のザ・ストーン・ローゼズとして、武道館のステージに戻ってきた。
頭上の巨大な日の丸、2階席の上の方までぎっしりファンで埋めつくされた武道館の光景に、22年前の記憶がフラッシュバックしたのか、オープニングの“I Wanna Be Adored”は若干の緊張感を孕みつつのスタートとなった。直立不動のイアンが珍しく音をほぼ外さず歌いきったのも含めて、非常に丁寧なパフォーマンスだ。
そこから徐々に緊張感が解れ、それと反比例するようにジョン、マニ、レニの3人のプレイがぎゅっとタイトに纏まり、弾力性の高いボールのように弾み始める。メンバーで唯一初めての武道館だったレニは最初から大ハッスル、剣の達人の十文字斬り的所作でハイハットとタム&スネアを高速で上下左右にブチ叩く彼のドラムが牽引する“Sally Cinnamon”では、早くも完璧なローゼズ・ケミストリーが出現する。
その光景に歓声とどよめきをあげるオーディエンスに向かって、「カタガ、イタイ。カタガ、イタイ」と右肩を指差しながら訴えるイアンだったが、しばらくすると肩の痛みなど吹っ飛んだのか、両手を上下にブンブン振りながらのモンキー・ウォークとモンキー・ダンスで絶好調な状態へ。
再結成後のローゼズのライヴのセットリストはデビュー・アルバム『ザ・ストーン・ローゼズ』のナンバーを中心に組まれていて、特に昨年以降の最新ツアーではセットの約8割が『ザ・ストーン・ローゼズ』期のナンバーに充てられている。
これはファンのニーズに応えた結果であると同時に、何よりも彼ら自身が必要とした偏りだったのではないかと思う。彼らがローゼズの再結成にあたって取り組むべきは、自分たちも説明できなかったファースト時代のあの奇跡のグルーヴをちゃんと理解し、未来のために揺るぎないフォーマットとして確立させることだったからだ。昨年リリースされた“All For One”、“Beautiful Thing”の2曲の新曲も、そのための修練のレコーディングだったと言っていいだろう。
「次の曲は権力者のやつらに捧げる」とイアンが言って始まった“Bye Bye Badman”も痺れるものがあった。ローゼズがギャラガー兄弟も憧れたパンクスであり、ワーキングクラス・ヒーローであったことを改めて思い出させてくれる瞬間だ。そして続く“Shoot You Down”で確信する。やっぱり今夜のイアン・ブラウンはイアン・ブラウンとは思えないほど歌が上手い。なにしろこの曲のアカペラ・パートですら音階が迷子にならず、素直に旋律に乗って(注:あくまでイアン・ブラウン比)歌いきってしまうのだ。
“Begging You”、“Love Spreads”といったロックンロールのグルーヴ・チューンはジョン・スクワイアが主役だった。俯きがちな顔に長い前髪がかかり、スクリーンでも表情がほとんど伺えなかったこの日のジョンだが、彼のギターはむちゃくちゃ表情豊かで饒舌。
タイトに締めるべきリズム・ギターはとことん小刻みソリッドに、曲の転換のギター・ソロはワウを効かせまくってとことんダイナミックにと、押し引きも完璧だ。オーディエンスはおろか、メンバーまで置き去りにして大仰で冗長なギターを頑なに弾きまくってた22年前の武道館の彼とは別人のようだ。
「次の曲はここにいるレディースに捧げるよ」と言いつつ照れ笑いのイアンが可愛らしかった“She Bangs the Drums”だが、なぜかこの曲に至って最初から最後まで一瞬も音程が合わないという見事なまでに往年のジャイアンっぷりを発揮、ずっこけて苦笑しつつも何故か妙に嬉しい……というアンビバレントな心境に陥ったオーディエンスも多いはず。
イアンのヴォーカルだけでない。よくよく聴けばジョンのギターも結構トチっているし、レニのドラムスもカウントを無視して突っ走ることが多々ある。ローゼズはプロフェッショナルという意味でのテクニカルな集団では到底ないのだ。でも4人が同じ方向を向き、同じ目的を共有していると、なぜかその凸凹した彼らの個性とプレイが噛み合い、補完し合えてしまうのがローゼズの、特にファースト時代の彼らの謎であり、奇跡だったのだ。
最初に書いたように、彼らがこの最新ツアーでやろうとしていたのはまさにその奇跡の自己解明であり、“Waterfall”から“Don’t Stop”への渾然一体となった流れ、そして“Fools Gold”は、そんなミラクル・ローゼズの答えのような感動的パフォーマンスだった。
ローゼズの究極のシンガロング・チューンと呼ぶべき“Made Of Stone”(しかし悠長なシンガロングを許さないレニの性急ドラムスに追い立てられつつ合唱するパターン)、大きな手拍子が巻き起こった“This Is The One”と、フィナーレに向けてオーディエンスも一体となって駆け出した最後に待ち構えているのはもちろんこの曲“I Am the Resurrection”!「復活(Resurrection)」がこれほどダイレクトにそのままの意味で鳴らされたのも久しぶりではないだろうか。
イアン、ジョン、レニ、マニがそれぞれに全員とハグを交わす姿を、大歓声が祝福する。そして4人が横に並び、繋いだ手を大きく掲げる恒例のエンディングだ。「Japan, Tokyo, always…」と言いながら人差し指を突き上げて「No.1」のジェスチャーをしていたイアン。いや本当に、「always」かどうかは分からないけれど、少なくともこの日は過去ベスト、まさにナンバー・ワンの日本公演だったと思う。
(粉川しの)
〈SETLIST〉
I Wanna Be Adored
Elephant Stone
Sally Cinnamon
Mersey Paradise
(Song for My) Sugar Spun Sister
Bye Bye Badman
Shoot You Down
Begging You
Waterfall
Don't Stop
Elizabeth My Dear
Fools Gold
All for One
Love Spreads
Made of Stone
She Bangs the Drums
Breaking Into Heaven
This Is the One
I Am the Resurrection