18歳の日本人女性・オロノ(Vo/Sampler)がフロントウーマンを務める8人組バンドであるスーパーオーガニズムが本格的に活動を始めたのは、およそ1年前。ニューカマーもニューカマーである彼らだが、この日の公演はソールドアウト。関係者を含めて400人以上が渋谷WWWに詰め掛けた。日本のオーディエンスの注目も集まって当然だろう。なにせ、彼らのこの1年の動きは目覚ましいものだった。
昨年1月にひっそりとネットにアップロードした“Something For Your M.I.N.D.”がストリーミングサービスを中心に耳ざといリスナーの間で評判を呼び、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグやフランク・オーシャンが自身のSNSやネットラジオで紹介。瞬く間にアークティック・モンキーズらが所属するドミノ・レコーズとの契約が決定。
当初は「デーモン・アルバーンの新たなプロジェクトではないか?」とその存在すら疑われていた彼らだが、その後、イギリスの老舗音楽番組「Later… with Jools Holland」をはじめとした各種メディアに姿を現し、知名度は全世界的なものに。今年に入りBBCの「Sound Of 2018」にも選出され、いよいよ満を持して3月2日にアルバム発売……と、まさにはたから見ればシンデレラ・ストーリーそのもの。オロノ自身が「Surrealistic(超現実的)」と各種のインタビューで語っているように、口汚く言えば「ハイプ」と取られても仕方ないほど、あまりにも順風満帆なステップを踏んできたのだ。
そんなスーパーオーガニズムの初来日公演である。アルバム発売前にもかかわらず、恐ろしく前評判の高い彼らの実力を、いかほどのものか確かめてやろうという観客も少なからずいたのではないだろうか。
会場に充満する過剰な期待を裏切るかのように(あるいは真正面からそれに応えるように)、修験者のごとくハンドベルを鳴らしながら姿を現した7人(ちなみに8人目のメンバーである映像担当のロバートはロンドンでお留守番中とのこと)。ステージに設置された複数のスクリーンに投射されるヴェイパーウェイヴ的な映像に包まれながら、ミステリアスな雰囲気で佇む彼らを前に若干困惑気味のオーディエンス。そんな観客たちを尻目にスーパーオーガニズムは、ユーモアと意外性、そしてポジティビティに満ちた楽曲でポップの真髄を爆発させる。
10月にロンドン・ヴィレッジアンダーグラウンドで彼らの初めてのワンマンライブを観た際には、ポピュラーミュージックの歴史をなぞりながら、それをバラバラにして再構築しなおすような楽曲の強烈な吸引力に惹きつけられたのだが、今回はセットリスト全体を通してスーパーオーガニズムというバンドのコンセプトを説明しつつ、その枠組みの中でいかに自由度を持ってパフォーマンスできるかチャレンジをする彼らの成長と可能性を見せつけられたライブだった。
スーパーオーガニズム=超個体というバンド名に込められたテーゼを表す、「We will be everything」という思わずニヤリとしてしまうクールな一文がスクリーンから消えると、“It’s All Good”が始まる。アメリカの自己啓発セミナーの大家、アンソニー・ロビンズのスピーチでの挨拶がサンプリングされたこの楽曲は〈Wake up, Orono〉という冒頭のロボ声のナレーションも相まって、血管に直接強心剤を注入されるような、人工的な覚醒感を齎す。
「日本語でお客さんを煽ったことなんてないから、変な感じだった」と、終演後、オロノは不満そうな顔をしていたものの、曲の終わりに彼女が放った「いらっしゃいませ〜!」というシャウトがアイスブレイクとなり、張り詰めていた会場の空気が一気に柔らかくなる。
間髪入れずに、スクリーンにはレインコート姿で森を歩く顔のない女性の映像が投影される。ダルそうなティーン・エイジャーが友達と話しているような感じで〈Nobody Cares(誰も気にしない)〉というフックを繰り返す、“Nobody Cares”はサンプリングにくしゃみをする子どもとそれを叱る母親らしき女性の声が取り入れられていることが表すように、思春期特有の「大人になること」への畏れと憧れをポップソングとして見事に結実させている。
ここでオロノ以外の6人のメンバーを紹介しておこう。ステージ後方でストラトキャスターを掻き鳴らしていたのは、ハリー。なぜかこの日は、ドクター・ドレーのTシャツを着ていた。ライブ中「イケメンですよね!」とオロノに日本語でいじられ不思議そうな顔を浮かべていた、ドラムスとシンセパッドを操るトゥーカン。モーグ・シンセサイザー担当で、オレンジ色のフープ・イヤリングを身につけた大男・エミリー。この3人とオロノが楽曲の大枠を形作り、そこにルビー、B、ソウルの3人のコーラス部隊がゆらゆらと謎めいた動きを見せながら男女混成のコーラスでステージを盛り上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴ……という地鳴りのような響きが会場を震わせる、何が起きるのかと身構えるオーディエンスの眼前に映し出されたのは宇宙ステーションのやたら壮大な映像。それをイントロダクションに続いて演奏されたのは、“Night Time”。宇宙に夜はそもそもないだろう……と突っ込みたくなるが、トゥーカンの叩き出すステディなビートとハリーの奏でるいなたいギターがなんとも心地よい夜の散歩へとオーディエンスを誘う。彼らの現在の本拠地でもある東ロンドン・ホーマートン周辺を自転車でナイトウォークするオロノの姿も映像には組み込まれていた。
楽曲が終わると、夜の散歩を経てルビー、B、ソウルは眠たくなったのか、体をくねらせ就寝体勢に。iPhoneのアラーム音が鳴るものの、起きる気配はない。それを横目にオロノは「疲れてますね。月曜日ですよ、ねぇ? Monday, am I right?(月曜日だよねぇ?)」と、彼らに話しかける。
するとなぜかステージ後方にいるエミリーが「Yeah! Monday! (イェー、月曜日!)」とやたらとテンションの高いレスポンスを返す。会場から起きた笑いをケムに巻くように、「It’s Monday so we gonna play next song(今日は月曜日だから、次の曲をやります)」と、クールに一言。
ちなみに次に演奏された“Reflections On The Screen”はおそらく、月曜日とは何の関係もない楽曲。だけど、本当にいい曲なんだ、この曲! ブリッジミュートしたギターのフレーズがいかにもインディーロック然としていて、なんともカッコいい。シュールな一筋縄ではいかないテーマばかり歌っているスーパーオーガニズムには珍しいデジタル世代のラブ・ソング的な趣がある。
1998年の宇多田ヒカルはスクリーンの中でチカチカしている文字に恋人の温かみを感じ取ったが、2018年のスーパーオーガニズムはスクリーンに映った馬鹿みたいなGIFアニメの繰り返しに生の実感を覚えるのだ(と、いう歌詞が楽曲の中にあるのです)。
この日、最もスーパーオーガニズムの音楽の「楽しさ」とバンドのコンセプトを正確に描き出したのは次の二曲だろう。オロノがいうところの「海老の曲」=“The Prawn Song”では、渋谷WWWのオーディエンスは海の底に潜り、第三次世界大戦を企む口唇ヘルペスもちの海老の集団(?)と出会う。「世界がおかしなことになってるけど、私は無視して飲み物を飲んでる」という、ザ・ビートルズの“Octopus’s Garden”にも通じる厭世的な歌詞にハッとさせられる。
続く、バンド名を冠したテーマ曲“SPRORGNSM”では「自我なんか必要ない。みんな超個体になればいいのに」というニヒリズムの極致ともいうべきテーゼをぶち上げ、アニメ『エヴァンゲリオン』における人類補完計画のごとく、スーパーオーガニズムは人類救済に乗り出す。「歌ってください!」というオロノの呼びかけに答えて、オーディエンスが〈I wanna be a superorganism(超個体になりたい)〉と合唱する姿は多幸感に溢れていながら、どこか空恐ろしいものを感じさせる光景だった。
〈Tokyo, oh tokyo(東京、あぁ、東京)〉という歌い出しから始まる“Nai’s March”は、まさにここ東京で演奏されるべくして演奏された楽曲だ。オロノの手によるこの曲は東日本大震災をモチーフに書かれている。
波間を漂うようなサウンド、童謡にも似たメロディーなど、水気を湛えたレクイエム的な佇まいのあるこの楽曲。アルバムバージョンには、緊急地震速報もサンプリングされている。未だ嘗て、世界レベルのポップ・ミュージックのシーンに日本の社会的な状況を当事者目線で語った楽曲が席を並べたことは歴史上一度たりとてない。この楽曲がこの夜、日本で披露されたという事実は今後、大きな意味を持つことになるだろう。
「We are famous! You are famous! Everybody Wants To Be Famous!(ぼくらは有名! 君も有名! みんな有名になりたいんだ!)」というオロノのチャントに導かれて、はじまった“Everybody Wants To Be Famous”。アンディ・ウォーホルの「In the future, everyone will be world-famous for 15 minutes(未来では、誰もが15分間だけ世界的に有名になれるだろう)」という言葉を思い起こさせるような、いわゆる「インスタ映え」にこだわり、自らの生そのものが「有名であること」に支配されている人々を揶揄するような楽曲だ。
演奏中、オロノはインスタライブでライブの模様をリアルタイムで世界に向けて配信。まさにこの瞬間、渋谷WWWのオーディエンスは意図せず、ウォーホルの言葉を体現したのだ。
ライブのラストを飾ったのは、彼らのバンドとしてのシンデレラ・ストーリーの扉を開けた楽曲“Something For Your M.I.N.D.”だ。この楽曲を待ちわびていたオーディエンスも多かったのだろう、会場全体がとてつもない興奮に包まれる。
クールだがどこか熱を帯びたオロノのボーカル、体を震わせるぶっといモーグ・シンセサイザーのサウンド、ヒップホップ・オリエンテッドなビート、多幸感に満ちたコーラス、ユーモアに満ちたサンプリング……と、彼らの魅力のすべてが詰め込まれた、この楽曲は会場のオーディエンスの合唱と共にスーパーオーガニズムの初めての日本でのライブを美しく締めくくった。
終演後、名残惜しそうにアンコールを求めるオーディエンスの前に再び現れた7人。演奏こそしなかったものの、カゴいっぱいに入った駄菓子や果物を観客に直接配りながら、「ありがとう!」とお礼を言って回る。その様子を眺めながら、スーパーオーガニズムはやはり何度見ても非常に奇妙なバンドであると思った。
ニヒリスティックでありながら、どこまでもヒューマニストで、音楽を愛している。東ロンドン・ホーマートンの彼らの家に訪れた際に、メンバーが口を揃えて言っていたのが「人間は生きるためには共同体が必要だ」ということ。スーパーオーガニズムにとっては、音楽こそが、その共同体を成り立たせるためのよすがになっているのだろう。
それは、決して8人のメンバー同士の繋がりのことだけを指しているのではない。きっと、この日、ここに居合わせた、そして、彼らの楽曲をインターネットを介して聴いて心震わせた「あなた」も既にその共同体の中には含まれているのだ。ぼくらはスーパーオーガニズムになっている。気づかないうちに、いつのまにか、きっと。(小田部仁)
〈SETLIST〉
1. It's All Good
2. Nobody Cares
3. Night Time
4. Reflections On The Screen
5. The Prawn Song
6. SPRORGNSM
7. Nai's March
8. Everybody Wants To Be Famous
9. Something For Your M.I.N.D.