会場が暗転すると場内からは大きなざわめきが沸き起こる。まだ暗いステージからギターを爪弾く音が聞こえてきた。“僕らをつなぐもの”のイントロだ。その瞬間温かい拍手で包まれる。一筋のスポットライトに照らされながら一人、弾き語りで演奏。これが本当に素晴らしかった。どこまでも伸びやかで、絶妙な擦れ具合で心を振るわす歌声は、一瞬のうちにこの広い会場を1対1で語りかけているような空間に変えてしまった。その時点で、武道館とかもう関係ないなと思った。毅然とした佇まいでたった一人でこれだけの人たちを、引き込んでしまう歌がここに在るということ、それだけでもう充分、秦 基博とオーディエンスを繋いでいるのだから。それくらい秦の歌声は優しくて頼もしいものだった。
そのまま、バンドメンバーを迎えて演奏された“色彩”“シンクロ”“トレモロ降る夜”といったアップテンポなナンバーで会場は手拍子とともに大きく盛り上がっていったのだが、弾き語りで演奏している秦とバンドで演奏している秦がまるで別人のように思える時があって、興味深かった。弾き語りでダイレクトに吐き出された秦 基博という人の生々しい感情。生身の人間としての本性をさらしダークな一面を見せながら、それを昇華させるようにバンドの演奏で挑戦的に立ち向かい前向きな力に変えていく。「デビューして2年半。自分で作った曲に励まされたりすることもあって…」とMCで語っていたが、まさに秦自身の葛藤とか絶望といった感情を飲み込みながら、一歩前に踏み出す力に変えた歌がある。「ターニングポイントになった歌です」と紹介して始まった“虹が消えた日”だ。自らに語りかけるように力強く演奏し、場内は熱を帯びながらその想いを受けとめた。
中盤は、イスに腰をかけ再び弾き語りで“夕暮れのたもと”、アコースティック・セットで“プール”“Lily”、そしてウッドベースとカホンが奏でるリズム隊のもと“赤が沈む”などしっとりと披露。そして、カラフルなライティングが会場をポップに染め上げて弾けた“花咲きポプラ”や“キミ、メグル、ボク”と手拍子で盛り上がる場内の一体感が心地良い楽曲群へと雪崩れ込むこのセットの流れも良かった。
でも、一番このライブで良かったのは、彼の原点である弾き語りで始まり、弾き語りで終わるという締めくくり方だった。本編ラストで披露されたインディー時代の楽曲であり、最新シングルとしてリリースされた“朝が来る前に”。大切なものとの別れと真正面から向き合い、それぞれの旅立ちをうたった歌。場内が息を呑むようにして聴き入り、その歌声を心に刻み込んでいった。最後、マイクから離れてフェイクした瞬間があったのだけど、マイクを通さない生の歌声があまりに恰好良すぎて痺れてしまった。胸いっぱいの気持ちにさせてくれた圧倒の弾き語りにしばらく場内は鳴りやまない拍手の音に包まれ、その余韻に浸っていた。
アンコールでは、今日のセットで唯一レスポールギターを掲げて場内を盛り上げた“最悪の日々”、そして、ラストは大合唱でこの日一番会場を一体化させた“新しい歌”で締めくくられた。「武道館が到達点じゃなくて、ここからがスタート」と本人も言っていたけど、まさにこの道の先を見せてくれるようないいライブだった。秦 基博はこの後、08年に行われ好評だった弾き語りツアーが控えている。今日の武道館の弾き語りで、こんなに魅せてくれたのだから今回も期待せずにはいられないだろう。本当に楽しみだ。(阿部英理子)
1.僕らをつなぐもの
2.色彩
3.シンクロ
4.トレモロ降る夜
5.Baby, I miss you
6.Honey Trap
7.虹が消えた日
8.夕暮れのたもと
9.プール
10.Lily
11.赤が沈む
12.空中ブランコ
13.青い蝶
14.花咲きポプラ
15.キミ、メグル、ボク
16.鱗(うろこ)
17.フォーエバーソング
18.風景
19.朝が来る前に
アンコール
20.最悪の日々
21.新しい歌