個人的に抱えた思いが、バンドの力によって開放され、誰かへのメッセージになっていく。そんなロックバンドの姿を、ステージ上の4人は鮮やかに見せてくれた。正式メンバーはひとりだけれど、ひかりのなかにはどこまでもロックバンドだった。
メンバー脱退を経て新体制で再スタートを切ったひかりのなかに、初のワンマンツアー。ファイナルはヤマシタカホ(Vo・G)にとってはずっと憧れだった渋谷クラブクアトロだ。最新ミニアルバム『まっすぐなままでいい』のアートワークが掲げられたステージに、“そばにいたいんです”のイントロが流れ始め、ステージにサポートメンバーの岡山健二(Dr/classicus、ex. andymori)、アベマコト(B/ex. 挫・人間)、沙田瑞紀(G/miida、ex. ねごと)が入ってくる。続いてヤマシタが登場し、オーディエンスが集まったフロアを見渡しながら力強く歌い始める。てっきり“ナイトライダー”か“MOVE ON!”あたりから始めるものだと予想していたから、このスタートは意外だった。だがライブが終わって振り返ってみれば、この曲こそが今のひかりのなかに、そしてヤマシタのモードを象徴していたように思う。つまり、目の前の誰かに向けてメッセージを届けること、思いを伝えること。アーティストとしてのストレートな願いに満ちたこの曲を歌いかけることからこの渋谷クラブクアトロを始めることは必然だったのだ。
2曲目“ナイトライダー”、3曲目“ブルーユース”と、一気にアンサンブルが加速し、ヤマシタの歌も俄然熱を帯びてくる。メンバーがパワフルなバンドサウンドを鳴らし、それに負けじとヤマシタも声を張り上げる。「この足を止めるもんか!」。“ナイトライダー”でメロディをはみ出して叫ばれた言葉は、コロナ禍でライブが思うようにできないなか、メンバー脱退という大きなターニングポイントを迎え、それを乗り越えてきたヤマシタの正直な気持ちだろう。沙田のかき鳴らすアコースティックギターと笑顔でスティックを振る岡山のドラムが軽やかなリズムを生み出した“潮風通り”を経て、ヤマシタのカウントからポップなサウンドが広がった“日曜日”へ。フロアから自然に手拍子が巻き起こるなか、ヤマシタも笑みを浮かべながらステージの端まで出て行ってそれに応える。最初はどこか緊張しているように思えた声も少しずつ力みが消え、伸びやかになってきたようだ。そして前半の個人的ハイライトだった“満ちる月”。ヤマシタのアコギ弾き語りから始まったバラードは、どこか懐かしいフォーキーなメロディが印象的な、ファーストミニアルバム『放課後大戦争』からの1曲だ。それまでは強者揃いのバンドによるアンサンブルと取っ組み合うように喉を鳴らしていたヤマシタの歌が、一転、穏やかなバンドサウンドを導くように頼もしく響いてきて圧倒された。
当然といえば当然だが、オリジナルメンバーの3ピースだった頃のひかりのなかににおいて、ヤマシタは音楽的な部分でも精神的な部分でもバンドを引っ張る立場だった。ちょっとアンバランスで危なっかしいバンドサウンドの上で、妙に度胸の座った佇まいと歌の力でそれを全部大丈夫にしてしまうヤマシタの存在感こそがバンドの要だった。それがひかりのなかにの魅力であり、同時にある種の限界でもあったように思う。だが今は違う。もちろん中心にいるのが彼女であることに変わりはないが、百戦錬磨のサポートメンバーと向き合いながら、ときに彼らと勝負するように、ときに彼らに支えられるようにしてヤマシタは歌っている。楽曲に込められたメッセージは彼女の個人的な心から生まれたものだが、そのヒリヒリとした緊張感が、そのメッセージをいっそうタフなものにしているのだ。
とはいえ、というか、そういういい関係性だからこそ、バンドの仲は良好そのもの。MCではメンバーに話を振り、アベが話した岡山が大阪に行く時にスマホを持って行き忘れた話とか、沙田が話した名古屋でのきしめんの思い出とか、リハスタでヤマシタがアンプの下敷きになった話とか、いかにもバンドなエピソードが次々と出てくるのも、彼女らが密な信頼関係のもとに音を鳴らしている証拠だ。そんな話の流れから披露されたのが、ヤマシタが絶望的な気持ちを抱いて生きづらさを感じながら過ごしていた高校2年生の時に書いた“舞台裏”だった。泣き喚くように歌うヤマシタの背中の真横を、塊のようなバンドサウンドが並んで走る。10代のフラストレーションと彼女が個人的に感じていたトゲトゲした思いを、そこにいる全員のものに変えていく。そのままストロボライトが煌めくなか“オーケストラ”へ。一気に解放されたような眩しいサウンドとでっかいメロディが広がっていく。
終盤、重要なポイントで披露されたのがヤマシタにとって今につながる大きな転機となった『まっすぐなままでいい』のラストナンバー“ひかり”。バンド名も歌い込んだこの生々しい曲が、まるで彼女自身に言い聞かせるように歌われる。《信じたいものは/ここにあるから》という歌詞に込められた気持ちは、自身の曲だけを武器にバンドと渡り合い、お客さんに向き合う今の彼女の姿そのものだ。そんな“ひかり”のあと、再びヤマシタが語り始めた。「みんながどんな生活をしてるのか私にはわからないし、その先で芽吹いた悩みも悲しみもわからない。でもきっといろいろな困難があって。私自身もバンドをやるうえでいろいろなことがありました」と2020年の苦しみを吐露する。「音楽を続けていく自信がなくなりました。未来を見つめることに臆病になりました。『どうせできないんでしょ』って、そんなことばかり考えていました。新体制も受け入れてもらえないと思っていたから、こうしてみなさんの前できちんとワンマンができることが何より嬉しいです」。
「私ね、夢だったんです」というクアトロのステージに立ち「少しずつ先のことを考えるだけの勇気が湧いてきた」と前を向くヤマシタ。「もっと大きなステージに行きたいなって思います。だって、ひかりのなかにって最高だもん」。1年を通して失い、また取り戻した自信のすべてが注ぎ込まれた『まっすぐなままでいい』の瑞々しさと逞しさを象徴するようなオープニングナンバー“MOVE ON!”の《負けてたまるか》という歌詞がさまざまな困難と闘いながらここに辿り着いた全員の気持ちを呑み込んで爆発する。そして本編ラスト“大丈夫”へ。「この歌が皆さんのお守りになりますように」という一言が、今や自分だけのものではなくなったひかりのなかにの音楽のあり方を指し示していた。アンコールではひかりのなかにというバンドの「始まりの曲」、“冴えない僕らに灯火を”。これまで何度も何度も歌ってきた曲だけあって、ヤマシタの歌にも自信がみなぎっているように思える。だがその自信は単にこの歌をずっと歌いこなしてきたからというだけのものではないことは、この日のライブを観た人にはちゃんと伝わっていただろう。フロアに向かって笑顔を見せながら「ラララ」と歌う彼女の姿は、最後まで力強かった。(小川智宏)
●セットリスト
1.そばにいたいんです
2.ナイトライダー
3.ブルーユース
4.潮⾵通り
5.⽇曜⽇
6.満ちる⽉
7.ムーンライト
8.舞台裏
9.オーケストラ
10.オレンジ
11.ひかり
12.MOVE ON!
13.大丈夫
(アンコール)
EN1.冴えない僕らに灯⽕を
●主なラインナップ
・YOASOBI
・[Alexandros]
・sumika
・スピッツ
・RADWIMPS
・ほかラインナップはこちら
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