オーストラリアはメルボルン出身、今年注目のニューカマーとしてサマソニにも出演し、9月末に待望のデビュー・アルバムを発表したザ・テンパー・トラップ(以下TTT)。今回は、台風の後を追うように太平洋を北上して大阪と東京でそれぞれ1公演ずつの招待制ショーケース・ライブが行われることになった。というわけで、リキッドルームでの東京公演をレポートしたい。個人的にサマソニではスケジュールの都合上観ることが出来なかったので、今回が初めてのTTT体験だ。開演前の客入れSEにはデヴィッド・ボウイのアルバム『ハンキー・ドリー』が流されていた。ボウイの“チェンジズ”のボーカル・フレーズが、変革をもたらす新星登場への期待感を煽り立てるようだ。
フロアも含めて完全に照明が落とされた場内。大歓声に包まれたステージ上に、いよいよTTTのメンバーが登場した。上手からベーシストのジョニー、ボーカル/ギターのダギー、リード・ギターのロレンゾが並び、その後方にドラマーのトビーが構える。下手にはサポートのギター/キーボード奏者も加わっていた。オープニング・ナンバーは“Rest”。ロレンゾの雷鳴のようなギター・フレーズから、イントロがスタートする。ハンチングを被ってランDMCのTシャツに身を包んだフロントマン、東南アジア系の血を感じさせる顔立ちのダギーが、長くグルーヴィなイントロの後に美しいファルセットで歌い出した。演奏は正直、とりたててテクニカルというわけではない。しかし何と言うか、彼らの中にある壮大で斬新なバンド・サウンドのイメージに全力で追い付こうとしている感じ、そんな雰囲気が受け止められる。この肉感と熱い意志の塊のようなものは、ジム・アビスがプロデュースしたアルバムを聴いても気付かなかったものだ。
「来てくれてどうもありがとう」と歯を見せて笑う髭面のダギーがチャーミングである。サポート・メンバーを含めたハーモニーなど、ボーカル・ワークも良く練られている。最初の内は美しいファルセット・ボイスだと思っていたダギーの歌声だが、次第にそれはプリンスのような、甘美なのだけど芯の強い少年性を棲まわせたソウル・ボーカルであることに気付かされる。“Down River”では、ジョニーがアコースティック・ギターにスイッチして“ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド”のベース・ラインのようなスライドを聴かせる。続けてアルバムの冒頭を飾っていた“Love Lost”だ。オーディエンスがあの印象的なハンド・クラップでバンドを支える中、ロレンゾは美しい、多様なギター音響でバンド・サウンドの幅を押し広げていった。
次第次第に熱を孕むステージで、シングル曲“Sweet Disposition”の荘厳かつアッパーな演奏が繰り広げられる。R069のrockin’on編集部ブログでも報じられていたが、最近UKチャートの7位まで浮上してきた曲である。このドラマ性と高揚感はまさしく21世紀型の“ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム”だ。ルー・リード、デヴィッド・ボウイ、U2、プリンスにランDMC。TTTの音楽性がそういった先人たちに似通っているかと言えばそんなことはないのだが、約束や共犯関係をもたらす大きなコミュニケーションという意味で、TTTのロックは彼らロック・レジェンドの表現に通ずるものがある。ロックを古典芸能に貶めないための、無双を目指す意志のようなものが鳴っている。ここから「始まって」しまうロック。僕がロックの味を覚えたてのティーンエイジャーだったら、TTTとはきっとそういう関係になってしまうはずだ。
終盤、“Resurrection”からそのまま傾れ込むインストの“Drum Song”では、ハンチングを脱ぎ捨てたダギーが頭からペットボトルの水を被り、トビーのドラム・セットに近づいてフロア・タムを打ち鳴らす。熱狂のダンス・ビートによる祝祭空間である。そして熱の放射を引き摺りながらラストの“Science Of Fear”へ。ダギーは大きなアクションを交えながら、ソウルフルな歌を最後まで聴かせてくれた。正味40 分。アンコールなし。21時ピッタリに音が止んだのは、この後のリキッドルームで別のDJイベントが控えていたから仕方ないだろう。この高揚した気分のままイジャット・ボーイズのDJを楽しみたい気持ちもあるが、ライブレポートを書かねばならないので後ろ髪引かれつつ退散することにする。短かったが、TTTの独創性と類い稀なコミュニケーション能力が如実に現れたステージ。会場を後にするオーディエンスの多くが、笑顔で目をキラキラさせていたことも印象的であった。(小池宏和)