2025年11月8日、ベルーナドームにて実施された全米No.1ラッパー:トラヴィス・スコットの来日公演。フルスロットルのパフォーマンスに3万人が熱狂し、まさかのイェのゲスト出演も実現した伝説の一夜をレポートします。(rockin’on 2026年1月号掲載)
11月8日、埼玉/ベルーナドーム。開演時刻を2時間以上過ぎても、まだトラヴィス・スコットは姿を見せない。しかし観客は、むしろその空気を楽しんでいるようだった。2時間の遅延が事前にアナウンスされていたということもあるが、往年のラップヒット曲が流れるDJにあわせて踊り狂う人、自撮りにいそしむ人、そもそも遅れてのんびり会場に来る人——皆が思い思いの時間を過ごしている。
管理された大型興行では通常、遅延はストレスの種になる。だがこの夜、会場にはただひとつの前提が共有されていたように思う。ここでは、ヒップホップという文化の下で「自由に遊んでいい」ということ。予定調和も規律も、そこでは意味を失っていた。この空気こそが、どこか息苦しさが充満する時代におけるヒップホップの持つ効力である。
期待のボルテージが高まる中、いよいよ時は来た。火花とともに突然イントロが鳴り響き、トラヴィスが姿を現す。“ハイエナ”でショーが始まった。ステージ上の彼は、ラップの細部を整えた正確なパフォーマンスというより、エネルギーそのものを観客にぶつけてくるようなスタイルだ。時折笑顔を見せ、観客のカメラに近づき、ステージへファンを招き入れ、抱き合い、モッシュを煽る。起伏のあるセットを動き回り、高いところと低いところを行ったり来たりして変化を生む。続く“サンク・ゴッド”では娘のストーミが登場し、観客は大歓声。そこからは“Type Shit”などが披露され、ドーム全体のエネルギーが炎の演出とも相まって大きく燃え上がっていく。近年のヒップホップアクトのライブに顕著だが、トラヴィスにとってこのショウは、言葉を届けること、物語を語ることだけにとどまらない。それよりも、自らと観客の身体を同期させ、世界観へ誘い込む体験操作なのである。古典的なラッパー像が言語のアーティストだとすれば、トラヴィスは空間と身体のアーティストだ。日本のスタジアムという巨大な容器に、彼はその世界観を押し広げ、観客を巻き込んでいく。
そのまま、“マイ・アイ”や“アイ・ノウ?”といった曲が披露され、音源の魔術的な陶酔感がドラマティックに再構築されていく。トラヴィスは身体を動かしたり止めたり、視線を集め集中力を切らさない工夫が巧みだ。と同時に、何度も燃え上がる炎、爆発音、突如訪れる静寂、映像のコントラストが次々と押し寄せてくる。それらは単なる派手なショー演出ということを超えて、怒りや不満を目に見える形に変換した、情動の装置としても機能していたように思う。特に“Mamacita”から“90210”へと続く一連の流れの中で、炎が上がるたびに、アリーナの観客は荒れ狂うように踊っていた。どこか、社会に対する皆の不満や不安が表象されているように感じるその暴れっぷりは、このヒップホップという文化が持つアクチュアルな政治性、トラヴィスというラップスターを取り巻く世界の複雑さが投影されているように感じられた。
と、ここまででも十分凄まじいライブだったのだが、この日一番の見どころは、突如訪れた静寂から始まった。場内の照明が落ち、“プレイズ・ゴッド”が流れ始める。次に聞こえたのは“ランナウェイ”のイントロ。悲鳴のような歓声の中、影のように現れたのはカニエ・ウエストことイェ本人だった。SNSでは「来るらしい」という噂も流れていたが、実際に目の当たりにすると、そのインパクトに驚く。イヤモニを度々気にして、動いたと思ったら微動だにせず固まるイェの姿は、そのスタイリングも含めて、何かの大きな塊であり異物のようだ。そもそも物体の存在として、強烈な違和感を喚起させる。イェが日本のステージに立ち、“キャント・テル・ミー・ナッシング”“ハートレス”“ストロンガー”“Father Stretch My Hands, Pt.1”といった往年の名曲を次々とパフォーマンスしたという事実。中でも、サンプリングの魔術師として一世を風靡した“スルー・ザ・ワイアー”といった曲には、さすがに往年のヒップホップファンは涙を堪えきれなかったのではないか。近年のイェを取り巻く事情——キャンセル、炎上、精神の不安定さ。それらの複雑さを抱えたまま、日本でトラヴィスとともにステージに立ち、歓声を浴びる。この矛盾した姿そのものが、ヒップホップという文化のリアリティを表していたように思うのだ。
ショーはまだまだ終わらない。イェが退場し、ステージは再びトラヴィスの世界へ戻る。このあたりからは、正直なところ記憶が曖昧だという人も多いのではないか。イェのステージへの熱狂が高まりすぎて、筆者自身も“トピア・ツインズ”“ノー・バイスタンダーズ”あたりに何が起きていたか記憶が定かではない。しかも、この夜のクライマックスはまだここからにあったのだ。代表曲“フィン”である。近年、ヒップホップ系のクラブイベントでは最もかかる曲で、最も盛り上がるアンセム。トラヴィスは、この曲を何度も繰り返して盛り上がりを生んでいた。イントロのたびにスタジアムが震え、振動がループしていく。火花が宙を舞い、大歓声が起きる。この反復も、言葉ではなく身体で理解させる儀式のよう。観客は跳ね、叫ぶ。自由に遊んでいるようでいて、実は同じ熱狂を共有してもいる。矛盾するようだが、この「自由の中の同期」こそトラヴィスのライブの本質なのだろう。会場は民主空間でありながら自由の実験場であり、暴力なき革命の場。トラヴィスはそれを知っている。だからこそ、この夜のドームは、誰に管理されるでもなく、観客自らが当事者になっていた。
近年、日本では、国内ヒップホップは強くなってきているがUSのそれは聴かれなくなっている、といった指摘が度々繰り返されてきた。若者の多くは国内の文脈を中心に音楽を消費するようになり、USの巨大な歴史性は遠いものになっていたのは事実だ。しかしこの夜、トラヴィス級の存在がスタジアムを揺らすと、若者は否応なく異国で培われてきた巨大な文脈を、身体で理解してしまう。これは今年、突如オアシスが若者にブレイクした現象とも似ているように思う。核となるスター体験が、人種も国境もジャンルも乗り越え、文化を浸透させるのだ。この夜を境に、何か大きな変化が起きそうな予感がしてならない。国内/USという二項では捉えられない、それよりも何か大きな変化が。
最後の曲は“テレキネシス”。シザとフューチャーの声が反響し、炎は消え、トラヴィスは観客に愛を贈る。「凄いものを見た」という放心するような感覚を噛みしめながら、皆が帰路につく。自由の装置としてのヒップホップが、数万人規模で機能してしまった夜。その中心に、トラヴィス・スコットというスターが立っていた。この日の3万人の観客は、自ら遊び方を選び取っていたように思う。彼は、巨大な演出、身体と声を駆使しながら、それをただ後押ししているだけのように見えた。新たなライブ体験の衝撃。これは何かの始まりのようにも思える、そんな一夜だった。
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