矢野顕子 @ NHKホール

矢野顕子 @ NHKホール
矢野顕子 @ NHKホール
歳末恒例、矢野顕子『さとがえるコンサート』ツアーの楽日。木枯らし吹く渋谷をじっくりと温め、そして熱くするステージであった。矢野さん(どうも個人的にあっこちゃん、という呼び方がしっくりこないのでこれで行かせて頂きます)は途中のMCで「『さとがえる』がこれだけ続いてきたのは、ある意味ミラクルです。ヒット曲も無いし」と言っていたが、ベテラン歌手が歌う懐メロというのとはまったく違う意味で、聴く者の中のノスタルジーを激しく揺さぶる、矢野さんのライブ感溢れる歌というのは、それだけで希有なパフォーマンスなのだ、と強く感じさせられたステージだった。

今回はカルテットのバンド・セット。マーク・リーボウ(g.)、ジェニファー・コンドス(b.)、ジェイ・ペルロウズ(ds.)というニューヨーク人脈のバンド・メンバーに続いて、矢野さんがステージに登場する。髪のパーマがでかい。くるっとその場で一回転して豊かなパーマ・ヘアをペコリと下げ、ピアノの位置へと向かう。まずは意志の強さを感じさせるスローなジャズ・ファンク・ナンバー“Evacuation Plan”からのスタートだ。続く“Missing And Dropping”(邦題:“しまった”)では、早くも矢野さんのアヴァンなポップ観が弾ける。ソロの舞台や、リズム隊を含めたトリオ編成では得られないフィーリングだが、マークがときに聴かせるギターのエモーショナルな音像が素晴らしい。今回は、リード楽器として前面に出てくる彼のパフォーマンスも、ステージの中で楽曲のドラマを構成する重要な役割を担っていた。「去年も同じメンバーでやらせて貰いましたが、今年も楽しくやらせて頂きます」と矢野さん。サウンド面での激しい感情表現を任せることができるこの編成には、絶対の自信を持っているのだろう。

いしだあゆみの歌謡曲カバー“涙の中を歩いてる”やオリジナル曲の英語詞バージョンなどを絡めて、歌の部分でも自由な選曲でステージが進められてゆく。エモーションを増幅させるマークのギターも凄いが、矢野さんの歌の間と呼吸を的確に捉えてゆくリズム隊も凄い。スリリングで不穏なのにどこか楽しげでもある“Good Girl”(“いい子だね”)などでは、単に演奏が正確だとか、そういう物差しだけでは測れないフィーリングを、バンドが一体となって掴み取ってゆくのだ。我々も日頃は忘れてしまっている、まるで宮崎駿映画で語られるような、ノスタルジーの深淵とでも言うべきリアルで奇妙な心象風景が響き渡るのである。

バンド・メンバーが一時ステージを去り、矢野さんのピアノ弾き語りセット。歌詞のメッセージ性がひしひしと伝わってくる演奏の“クリームシチュー”である。冒頭に紹介したMCがここで挟み込まれたのだが、続けて「でもね、毎年これ(『さとがえるコンサート』)のために貯金してくれる人、いるんだよね。知ってるんだあたし」と告げる矢野さん。年に一度かも知れないけれど、それって最高に贅沢なコンサートの楽しみ方だと思う。そして更に、ピアノ弾き語りで披露されたのが“きよしちゃん”だ。やった……。すみません、個人的な感慨が漏れてしまいましたが、これを聴かないことには2009年が終われません。清志郎へと捧げられる、矢野さんならではの優しさが溢れる歌。この曲は、念願かなって遂に、2010年2月リリース予定の矢野さんのニュー・アルバム『音楽堂』にも収録される。

再びマークがステージに現れ、今度は矢野さんとのデュオという形でせめぎ合いのような、凄まじいコンビネーションの演奏が届けられる。そこに今度はドラマーのジェイが加わり、奥田民生“股旅(ジョンと)”をカバー。ウェスタン・スウィング風のギター・ワークはマークにとってはむしろ十八番だ。最後に「大人になったらこんな女性になりたいな」と紹介されたジェニファーが登場し、カルテット編成でのステージに戻っていった。“ウナ・セラ・ディ東京”や自身の名曲“ラーメンたべたい”あたりは、オリジナルのメロディをまっすぐになぞりつつ、バンドの豊かなアンサンブルを聴かせるというスタイル。矢野さんの場合は、こういうパフォーマンスの方がむしろ珍しい。そして圧巻だったのは本編ラストの“Whole Lotta Love”のカバーだ。さすがにこの編成だと、終盤から思いっきりロックし始める。こんな“Whole Lotta Love”は、どう記憶を探ってみても聴いたことがない。

アンコールに応じて再びステージ上に姿を見せた矢野さんは、奇麗なストレートの黒髪である。あの巨大なパーマはカツラだったのか。そうかな、とは思っていたけれど。スキップするようなリズムの楽しいアレンジで演奏された“SAYONARA”に続いて、この日最後にプレイされたのは“ふなまち唄”であった。「らっせーら、らっせーら」という威勢の良いお囃子とともに、強いビートが転がる。“Whole Lotta Love”と並んで、これまた凄まじいパフォーマンスであった。独特の情緒とエネルギーを汲み取ってくれるバンドの面々が素晴らしい。言葉すらも違う異文化圏の人々に、感情そのものの形を成した音楽が伝わり、届くということ。僕らが優れたロックを通じてしばしば目の当たりにしてきた、或いは肌で実感してきたその奇跡を、矢野さんは体現していた。

帰ってすぐにライブレポートを書かなければならないのは承知しているが、ちょっとだけ、渋谷の街に寄り道して帰ろうと思う。なぜなら今夜、僕は矢野さんの歌を聴いてしまったおかげで、いま無性に、ラーメンがたべたいからだ。(小池宏和)

セットリスト

1.Evacuation Plan
2.Missing And Dropping(“しまった”)
3.涙の中を歩いてる
4.Don’t Be Literary,Darling
5.When I Die
6.Good Girl(“いい子だね”)
7.クリームシチュー
8.きよしちゃん
9.ほんとだね
10.股旅(ジョンと)
11.ウナ・セラ・ディ東京
12.まなべよ
13.Nothing Ever Stays The Same(“変わるし”)
14.ラーメンたべたい
15.Whole Lotta Love(“胸いっぱいの愛を”)

アンコール
16.SAYONARA
17.ふなまち唄
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