坂本龍一@日比谷公会堂

『Ryuichi Sakamoto Playing The Piano featuring Taeko Onuki』。2009年は久々のオリジナル・アルバム発表とピアノ・ツアーで駆け抜けた坂本教授。秋からのヨーロッパ6か国を廻るツアーから帰国して早々に、今年2度目となる国内ツアー。しかも、大貫妙子とのジョイント・ツアーという大車輪の活躍ぶりである。大阪での2公演と横浜公演を経て、今回はツアー日程の真ん中にあたる日比谷公会堂。歴史あるホール会場が、豪華共演のステージの貫禄を引き立てるようだ。個人的に、普段はロックやら何やらと騒がしいライブ会場に足を運ぶことが多いせいか、しん、と静まり返った開演の瞬間には、グランド・ピアノを前にした教授よりも緊張したのではないかと思う。

まずは教授の単独ステージ。自身の最新オリジナル・アルバム『out of noise』からのレパートリーを披露してゆく。ピアノの独奏ではあるのだが、MIDIシーケンサーによる同期演奏が効果的に加味されてゆく。教授のピアノは弾きまくるというよりも「間」を聴かせるような緊張感に満ちたプレイだ。そしてそののち、同期演奏なしで往年の名曲“美貌の青空”の繊細なメロディが溢れ出す。教授によれば「今日はやる予定じゃなかったけど譜面が目についた」とのこと。アドリブ感に満ちたステージ進行も楽しい。

まだ25日からの東京国際フォーラムでの3日連続公演が残されているので、なるべく演奏曲のネタバレには気をつけながら書き進めます。「やっているうちに壊れてゆく曲というのがあって、壊すつもりじゃないんだけど、こうやってみたらいいかなあ、と。次はその壊れた例を」と紹介してプレイされたのは、誰もが知っているような有名曲であった。これが実に不思議なおもしろいアレンジで、まるで子供のときに読んだ「家から冒険に出て、巡り巡って辿り着いたのは自宅の納屋だった」というストーリーの絵本を思い出させるよう。更には何とも異国情緒溢れる“Amore”が披露される。僕はこれのボーカル入りオリジナル・バージョンが収録された『beauty』というアルバムが凄く好きなのだが、ピアノだけで印象的な旋律を際立たせながら変奏してゆくさまがすごくいい。

ここで教授が、おもむろにマイクを掴んで呼び込みへ。「大貫妙子さんです」。静かだった場内に、大きな拍手が沸き立った。「どうも夫婦漫才みたいになってしまうんですけど」「夫婦じゃないですけどね」といきなり絶妙のコンビネーションを見せつける。あと、パートナーの登場が余程心強いのか教授、ここから急に饒舌になる。「付き合い長いんですよ」「シュガー・ベイブの頃からですね」「YMOより前です。遡り過ぎですね。最近、って言っても10年ぐらい前ですけど、うちに来たでしょ」「’97年ぐらいですね。ご自宅のスタジオに」「あのとき大貫さん、スタジオで踊ったでしょ。あれ、Webカメラで録って流してたんだよ。あとでユーチューブで探してみよ」。なんの話だ。「今回は大貫さんの発案で、僕の曲のメロディに歌詞を付けるという」「メロディに物語があれば、言葉は少なくて済むじゃない」。……なんか今、さらりと凄いこと言った。

ここからの二人の共演タイムは、大貫さん作の弾むように楽しい名曲に始まり、ストレートなメッセージ性&ピアノ・アレンジの絶妙な一曲と、優しくも悲しみを帯びたような大貫さんのあの歌声がホールに広がってゆく。そして、誰もが知る国民的なメロディの唱歌も披露された。「いい曲だよねえ。大貫さんに取られちゃった」「歌いたかったの?」「いやいや。でもさ、CD屋さんでそういう子供向けの唱歌とか童謡とか買うと、アレンジがださいじゃないですか」。教授、毒まで吐いて絶好調である。坂本曲に大貫さんが歌詞を乗せたという一曲では、「言葉は少なくていい」とか言っていたわりに凄まじく細やかな情景描写の物語を聴かせる。その言葉の行間にまでグルーヴが宿るような演奏であった。

アンコールでは、まず教授による名作映画テーマ曲の連打である。エモーショナルで、大貫さんの「メロディに物語がある」という言葉そのものの演奏。声にこそ出さないが、ひとしきり胸の内でガッツ・ポーズして盛り上がる。だって、あれもこれも、それもやったんだよ。ああ、曲名書きたい。そして再び大貫さんが呼び込まれ、美しい、タイムレスなメロディ・ラインを披露してステージは幕となった。さまざまな経験にさらされ、また自ら多くの情報を積み重ね、それをただ一本のメロディに物語として刻み付けるということ。近年のポップ・ミュージック・シーンではときに見落とされがちな、しかし確かに大きな音楽の力が、このステージにはあった。最後に、出演者両名による、それぞれの含蓄に満ちた一言を紹介したい。

大貫妙子:「(若い頃に書いた歌詞の内容に触れながら)好きな人を、6年ぐらいとか、若いときは待てるじゃないですか。それがね、30代、40代ってなると、もう待てないんですよ。でも、50代になったらね、若いときとはまた違う、とてもロマンチックな気持ちで、歌えるようになったんです」

坂本龍一:「音楽は、50過ぎないとわからないよ!」

肝に銘じておきます。さて、先にも書いたように2人は東京国際フォーラムでの3公演を残しているのだが、更に12月28日、坂本龍一はCOUNTDOWN JAPAN 09/10初日のGALAXY STAGEに立つ。座るかもしれない。若いリスナーもぜひ、この数々の至高のメロディと絶好調な50代の勇姿を、その胸の内に焼き付けて頂きたい。(小池宏和)
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