桑田佳祐 @ 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)

桑田佳祐 @ 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21) - pic by TEPPEIpic by TEPPEI
「宮城ライブ~明日へのマーチ!!~」と題された、桑田佳祐の宮城セキスイハイムスーパーアリーナ2デイズの1日目を観ました。2日目もあったので、このレポは、その2日目が終わってから、アップしました。大半の方がご存知でしょうが、念のため、まず最初に、どういう趣旨の2デイズだったのか、書いておきますね。大きく言うと3つあります、趣旨。

趣旨1。震災後1ヵ月に、自身が中心となった「チーム・アミューズ」でチャリティ・ソング“Let’s try again”を制作、配信リリース(のちにCDもリリース)。先月出たトリプルA面シングル『明日へのマーチ/Let’s try again~kuwata keisuke ver.~/ハダカDE音頭~祭りだ!!Naked』の収益の一部を寄付。に続く、桑田の震災復興支援活動がこのライヴです。
ただ、本人的には、「復興支援ライヴ」という言葉がなんかしっくりこないようで、「私と一緒にみんなで元気になろうぜコンサート、と呼んでください」と、MCでおっしゃってました。

趣旨2。食道ガンで活動を休止、手術と療養を経て復帰して以降の、初めてのライヴ。それがこの2日間でした。復帰後、今年2月にニュー・アルバム『MUSICMAN』をリリースし、その時の試聴会イベントでゲリラ的に歌ったりはしたものの、本格的にライヴをやるのはこれが初、ということです。前回のライヴっていつだっけ。と思い起こすと、2010年3月13日日本武道館の『音楽寅さん』DVD発売記念イベント以来だから、1年半ぶり、ということになります。
「私の病気は、何だったでしょう? はい、英語で、“Cancer of dinning kitchen”。食道ガンですね」。これもMCより。

趣旨3。『MUSICMAN』リリースしたけどそのツアーは今のところ行われていないわけで、あのアルバムの曲たちを人前でちゃんとやるの、これが初めて。というライヴでもありました。


では、内容に関してです。
まず、セットリストは、以下です。2曲目と25曲目、曲名のうしろにカッコの文字は、ほんとは曲名の上にルビで載るべきなのですが、PCの管理画面を操作してそう表示する技術が私にはないので、こう書きました。ご容赦ください。

1  青葉城恋唄
2  現代人諸君!!(イマジン オール ザ ピープル)
3  いいひと~Do you wanna be loved?~
4  SO WHAT?
5  古の風吹く杜
6  MIYAGI LADY BLUES ~宮城レディ・ブルース~
7  MERRY X’MAS IN SUMMER
8  スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)
9  BAN BAN BAN
10 風の詩を聴かせて
11 月
12 明日晴れるかな
13 栞のテーマ
14 My Foreplay Music
15 LOVE AFFAIR~秘密のデート~
16 NUMBER WONDA GIRL ~恋するワンダ~
17 EARLY IN THE MORNIG ~旅立ちの朝~
18 明日へのマーチ
19 ハダカ DE 音頭 ~祭りだ!! Naked~
20 銀河の星屑
21 悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)
22 本当は怖い愛とロマンス
23 Let’s try again ~kuwata keisuke ver.~

アンコール
24 それ行けベイビー!!
25 月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)
26 祭りのあと
27 希望の轍

ご存知でしょうが、一応。2、3、4、5、6、17、20、22、24、25は、『MUSICMAN』収録曲。10、11、12、16、21、26は、それ以前のソロ。13、14、15、27はサザンオールスターズ。7、8、9はKUWATA BANDの曲ですね。18、19、23は、前述の、先月出たトリプルA面シングルの曲たち。
で、1は、宮城ということでご当地ソング。仙台のシンガーソングライターさとう宗幸の、1978年の大ヒット曲のカヴァーです。これでライヴを始める、という意表のつきかたに、8000人・超満員の会場が「おおおっ」とどよめきました。なお、1978年はサザンが“勝手にシンドバッド”でデビューした年であり、なので、さとう宗幸、『ザ・ベストテン』などの歌番組に、サザンと一緒に出て、よくこの歌を歌っていました。というわけで、私ぐらいの世代は、歌詞を覚えてしまうくらい、聴いた曲です。
ちなみに。17:10、ステージ前を覆っていたスクリーンに、星、虹、ライヴのタイトルが映し出され、スクリーンが落ちるとバンド・メンバーは既に持ち場についていて、客席に手を振っている。で、ひょこひょこと桑田が登場、1曲目にこの曲をやって大いに場をどよめかせ&盛り上げ(しっとりした曲なのに)、そのあと会場全員で震災で亡くなった方々に黙祷を捧げ、ステージ後方に現れた画面に桑田&メンバー&スタッフからのメッセージが流れ、“現代人諸君!!” (イマジン オール ザ ピープル)で、本格的にライヴがスタート。という、オープニングでした。

あと、6は『MUSICMAN』の“OSAKA LADY BLUES ~大阪レディ・ブルース~”を、宮城ヴァージョンに歌詞を変えたもの。それから7の“MERRY X’MAS IN SUMMER”の前に、東北の民謡“大漁唄い込み”(♪エンヤトットエンヤトット、松島~の~、っていうあれです)をひとしきりやってから曲になだれ込む。で、曲の途中で、また「エンヤトット」に戻ったりする。という、東北復興支援ライヴならではの演出、各所にありました。
それから、12、19、27あたりでは、ステージ最後方にオーケストラが登場。東北各地から、この日のために集まったプレーヤーたちで、「宮城ライブスペシャルフィルハーモニー交響楽団」という名前が付いていました。
あと、桑田のライヴにおいて「大人数のダンサー」と「下ネタ」は常に必須であり続けて数十年ですが、今回、こういう趣旨のライヴなので、そのへん自粛するかもな、ストイックでまじめな演出かもな、と思っていたのですが、失礼しました。きっちり、いつもどおりでした。ダンサーは、17曲目から19曲目あたりと、アンコールに出現。男女入り混じって浴衣姿だったり、女性だけで半裸だったり(黒い下着姿)、いろいろでした。桑田の紹介によると、「オール・ジャパン・体もいいけど心も熱いぜダンシング・アカデミー」という名前だそうです。
で、そう、下ネタ、最も力いっぱい炸裂したのはその17曲目、“EARLY IN THE MORNIG ~旅立ちの朝~”。女性ダンサーがさんざん踊ったあと、自ら衣裳をはぎとって半裸になり、ステージ前方にしゃしゃり出てきて桑田にからんだり、映像もエロだらけだったり、チンコをかたどった真赤なバルーンが柵前からニョキニョキと屹立したり、などという、大変に素敵なことになっていました。そもそもこの曲自体、「めざましテレビ」が書き下ろしでテーマソングを頼んだら、桑田が「朝勃ちの歌」を作ってしまった、ほかのアーティストなら「ふざけんな」って話になるんだろうけど、桑田なのでそういうわけにもいかずそのまま使っている、という、快挙を成し遂げた曲だったのでした。いや、実際に「桑田なのでそういうわけにもいかず」みたいな事情だったのかどうかは、知りません。私の勝手な想像です。ただ、書いた桑田も、そのままかけている「めざましテレビ」も、偉いと思う。
話がそれましたね。戻します。というような下ネタ関係に関しては、本人もMCで「やらないほうがいいんじゃないか、というのもあったんだけど、最終的に『いつもどおりやろう』ってことになりました」と言っていました。よかった、いつもどおりやってくれて。自粛して、そういうのがなくなっていたら、私、相当がっかりしたと思います。

13、14、15は、アリーナ中央の小さなステージ……いや、ステージってよりも、ほとんどお立ち台みたいなスペースで、弾き語りで歌われました。メインのステージからそのステージまでの移動は、「猪木のテーマ」をかけて、プロレスの入場を模して、覆面レスラーたちにガードされながら「押さないでください、押さないでください」というアナウンスと共に客席をつっきる、という形で決行。あの覆面レスラーたち、本当にみちのくプロレスの選手たちだったらいいなあ。と思ったけど、今調べたらみちプロ、この日は岩手、翌日は山形で試合なので、違うと思います。そのステージ、「ラブホテルから持ってきた」(桑田)ということで、曲ごとに回転して向きが変わる、という趣向。
で。そのアコースティック・コーナーには、ゲストあり。原由子さんでした。ふたりでデュエット。タンバリン片手に、桑田の歌にコーラスをつける。これ、すんげえレアじゃない? と思ったらやっぱりそうだったようで、「こんなふうにふたりだけでやるの、学生の時以来」というMCがありました。しかも曲がこれ、“栞のテーマ”“My Foreplay Music”“LOVE AFFAIR~秘密のデート~”というサザン・クラシック3連発。どうしようかと思った、うれしすぎて。なお、原さん、アンコールのケツ2曲では、コーラス隊(清水美恵&安奈陽子)に加わって、3人コーラス態勢になってました。

それから、バンド・メンバーは、ギター斎藤誠、ギター中重雄(「シゲヲ」ってカタカナ表記やめたんですね、)ドラム河村“カースケ”智康など、基本的にはおなじみのメンツでしたが、パーカッションがいなかったのが、ちょっと意外でした。なお、メンバー紹介の中重雄のところで、桑田、彼のバンドTHE SURF COASTERSの代表曲“Wild Cherry”(ミズノのCMで使われてる曲)を、「あの曲やって」とリクエスト。中重雄、「え、ええっ!?」と、マジでびっくりしてたように見えたので、ほんとに突然振られたんだと思いますが、しっかりやって、バンドもそれについていって、喝采を浴びていました。


と、ざっとこんなところでしょうか、押さえないといけないのは。こんなところですね。では、どういうライヴだったのか、に関してです。
昨日ちょっと自分のブログにも書きましたが「(これ http://ro69.jp/blog/hyogo/57497 )、とにかく、もう、すごかった。「さすが復帰」「さすが震災支援ライヴ」みたいな、スペシャルな内容だったから、すごかったのではない。逆だ。ご当地ソングなどのいくつかの例外を除けば、基本的には、まったくもっていつもどおりのライヴを、いつもの感じでやった。そして、それがもうどえらくすばらしかった。ということが、すごかったのだ。
桑田佳祐というのは、とにかく、背負う人だ。と、改めて思った。背負うとか責任感とかそんなん知るもんか、とにかく無責任に好き勝手にやってやる、みたいなアーティストも、僕は否定しない。というか、好きだ。そんなふうな無責任さやいいかげんさもありなところが、ロックという表現形態のすばらしいところだとも思っている。
ただ、桑田佳祐は、そうではない。すべてを背負う。すべてを受け止める。で、すべてを、まっすぐに投げ返す。シリアスな病気で長らく休んだあとの、復帰ライヴであること。それが、東北大震災の復興支援ライヴであること。だから、「祈り」と「お祭り」を同時に、ちゃんと、やらなきゃならないこと。9年ぶりのソロ・アルバム『MUSICMAN』を出したのに、そのリリース・ライヴとかリリース・ツアー、いまだにやれていないので、これが一発目の、人前でそのアルバムの曲たちをやる場所になる、ということ。などのすべてを、桑田は100%背負って、そしてステージで、その背負ったものたちに対して、責任をはたしていた。答えを出していた。十二分すぎるほどのものを、客席に投げ返していた。
しかも、「必死に」とか「命を賭して」とか「悲壮なまでの覚悟で」とかではない。いや、もしかしたら、内心はそうだったのかもしれないけど、僕には、そういうふうに見えなかった。「普通に」やっているようにしか、感じられなかった。
現に、7曲目をやる前のMCの時だったと思うが、桑田はこう言った。

「こんな感じで、ずっといきますけど。……普通でしょ?」

そう。普通だった。それがとんでもねえ。というライヴだった。いや、もちろんMCでは何度も震災のことに触れたし、自分の病気のことにも触れた。「申し訳ありませんけども、去年、私は、命をいただきました」という、感動的なMCもした。だけど、そういうような「復帰」「再生」みたいな感動物語にも、「震災の復興支援とは」というようなことにも、「すんげえいい曲たちがすんげえいい演奏と歌で今この場で披露されている」という、目の前のこの事実の方が、圧倒的に勝っていた。

MCなどでそのことに触れられることはなかったが、このグランディ・21は、震災後、亡くなった方々の遺体安置所として使われていた場所である。そこで復興支援ライヴをやるにあたって、というか、やるかどうかということ自体、桑田は相当考えたであろうことは想像に難くない。不謹慎だととられるかもしれない。でも逆に、だからこそここでやるべきだ、鎮魂のためにやるんだから、という考え方もある。で、桑田は、後者を選んだ。そして、その判断が間違っていなかったことを、ステージで示した。(兵庫慎司)
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