10/12に5年ぶりのニュー・アルバム『ザ・レス・ユー・ノウ・ザ・ベター』リリースを控えたDJ シャドウの来日公演。今回は9月からジャカルタ、シンガポール、バンコク、台湾、上海、北京、成都と急ぎ足にアジア諸地域を巡り、週末に朝霧JAM出演を予定しつつ東京・赤坂ブリッツで一夜限りの単独公演が行われるというスケジュールだ。何と言っても気になるのは新作モードの楽曲群だが、加えて昨年から話題となっていた『Shadowsphere』と呼ばれる特別なステージ・セットとVJ効果を用いたパフォーマンスが日本にお目見えするのも嬉しい。開演前のステージ中央に配置された、巨大な球状オブジェが目を引く。
ほぼ定刻通りに登場したシャドウは、まずステージに置かれてあったマイクを拾い上げて挨拶。軽く拍子抜けしてしまうぐらいにくだけた調子である。でも、「今までとはちょっと違う趣向を凝らしたステージになるよ。楽しんでくれ」と言い置くと、彼はまるでGANTZのような巨大な球体=Shadowsphereの中に背面側から収まってしまった。この内部に彼のDJブースが用意されているようだ。そして、パフォーマンス開始とともに輝き出すShadowsphere。これはいわゆる3Dプロジェクション・マッピングの応用なのだろう、ステージの背景と、そして球体の全面がプロジェクターと化してSF映画のようなCG映像を映し出す。あたかも球体そのものが動いているかのようだ。シャドウのスピンするトラックに合わせて、Shadowsphereの回転速度も高まってゆく。すごい。
序盤からいきなり、太いベース・フレーズとピアノ、鋭利なビートが織り成すデビュー・アルバム収録ナンバー“Building Steam With A Grain Of Salt”によってフロアが沸き返る。『ザ・プライヴェート・プレス』の“ウォーキー・トーキー”では背景のスクリーン上に現れたチェーンソーが、Shadowsphereを真っぷたつにしてしまい鮮血が滴るのだった。シャドウの姿はまるで見えないのだが、トラックが鳴り止んだところでShadowsphere上部の小窓から手を振って無事をアピール。はっはっは、イリュージョンか。ときに『スター・ウォーズ』のデス・スターへと姿を変えたり、或いはサッカー・ボールやバスケットボールへと一瞬で変貌するShadowsphereが、サウンドとシンクロしたVJ効果によってオーディエンスの視線を釘付けにしてしまっている。
そして“レッツ・ゲット・イット”では、硬質なブレイクビーツに乗って工場の中を流れるShadowsphereが、無数のロボット・アームによって手を加えられてゆく。遂にはバーナーで焼き切られてしまったShadowsphereの背面がくるっとフロア側に向くと、ポッカリと穴を開けられた中からシャドウが手を振っていてオーディエンスの喝采を浴びるのであった。「じゃあ昔の曲をいろいろやったところで、今度は新しいやつを聴いてもらおうか」と、“デフ・サラウンズ・アス”(EPのカップリング曲だが、新作のボーナス・トラックにも収録)などがプレイされてゆく。
大振りなギター・リフを絡めた先行EP曲“アイ・ガッタ・ロック”では、テクニカルなスクラッチングの後にシャドウ自らスティックを振るってパッドを打ち鳴らし、けたたましいシンバル音などライブ感に満ち溢れたサウンドを盛り込んでゆく。EPを聴いたときの新鮮なロック色には驚かされたがなるほど、この生々しいパーカッションが加えられるプレイ・スタイルは“アイ・ガッタ・ロック”にぴったりだ。つまり、ライブを見据えて生み出されたナンバーだったのだ。続いてアブストラクトなトラックによる女性ボーカルの歌モノでは、そのムードに見合った、まるで語るように滑らかなスクラッチングをたっぷりと披露してくれる。DJのライブ・パフォーマンスをいかにエンターテインメントとして進化させるかということが、今のシャドウにとって大きな課題であり、また活動の動機付けになっていることが分かる。
Shadowsphereが星屑の中に浮かぶ地球へと姿を変え、《HATE INTOLERANCE / HATE IGNORANCE / HATE RACISM / HATE APARTHEID / HATE WAR / HATE HATE》といったスポークンワード風メッセージを映し出してゆくナンバーも印象深い(まるでザック・デ・ラ・ロッチャみたいな切迫感のあるボーカルをフィーチャーしている)。またもやシャドウが姿を見せたかと思えば、“シックス・デイズ”のシンガロングを煽り、狂騒のドラムンベースが打ち鳴らされた後にはシャドウ流クラシック“Organ Donor”だ。古い聖堂を背景に、サウンドとシンクロしてオルガンやドラム・セットのアニメーションが踊る。新旧のキラー・チューンが、素晴らしい視覚効果とともに惜しげもなく放たれてゆく。
「もうちょっとだけやろうか。You Don’t Stopだって? 君こそそのまま止まるなよ。ジャパン、君たちには、以前からものすごい刺激とパワーをもらっているんだ。本当にありがとう」とシャドウは告げ、これまた女性ボーカルものの美しいバラード(歌詞の断片から推測すると新作収録の“サッド・アンド・ロンリー”だろうか)を披露し、或いはロック・テイストのダブステップ・ナンバー、そしてハードなテクノとエキサイティングな終盤を駆け抜け、きっかり一時間半のコンセプチュアルなステージをフィニッシュした。シャドウは「ありがとう、土曜日の夜(朝霧JAM)にまた会おう!」という言葉を残し、Shadowsphereにはスタッフロールが流れる。
サンプリング・ミュージック/アブストラクト・ヒップホップの金字塔たるデビュー・アルバムを半ば十字架のごとく背負いながら、新作『ザ・レス・ユー・ノウ・ザ・ベター』に至るまで、DJ シャドウは弛まぬ進化・変化を求めてキャリアを積み重ねて来た。しかし今回のステージに触れて何よりも強く実感したことはと言えば、シャドウが一貫して「音を選び抜く達人」であり、つまり究極的にDJらしいDJであるということだ。あらゆるビートが研ぎすまされ、あらゆるフレーズが詩的に洗練されている(思うに、ジャンルとして広まったアブストラクト・ヒップホップの限界とは「アブストラクト」なムードだけが先行し過ぎた部分にあったのではないか)。極めてダンサブルな楽曲がプレイされているにもかかわらず、不思議なことにオーディエンスたちはほとんど体を揺らすことがない。それはShadowsphereによる視覚効果の素晴らしさもあったろうが、何よりも音像そのものに意識を集中させられてしまうからだった。ダンスのためだけではない、完璧にパッケージされた1時間半のアート・フォーム。終演後のロビーで希望者全員へのサインやフォト撮影に応じていたフレンドリーなあの男は、本当にあのイノベーションの塊のようなショウを繰り広げていたDJシャドウなのだろうか。(小池宏和)
DJ シャドウ @ 赤坂ブリッツ
2011.10.06