一体どれだけ、触れる者に生きる活力を与えれば気が済むのだろう。この人は。2013年1月の来日ツアー、夏のフジロックと来て、今回の来日では渋谷クラブクアトロ2デイズ、梅田クラブクアトロ、名古屋クラブクアトロ、京都磔磔と5公演がソールドアウト。いくら親日家とはいえ、今のウィルコ・ジョンソンの体調を考えたら信じられないようなペースの活躍である。それを受けて設けられた、LIQUIDROOM ebisuでの追加公演もきっちりとソールドアウト。いつも通りの黒シャツにスラックス、真紅に燃えるピックガードを付けた黒いテレキャスターというスタイルで姿を見せると、割れんばかりの大歓声を浴びて「グッド・イヴニング!」と挨拶する。盟友ノーマン・ワット・ロイ(Ba.)、ディラン・ハウ(Dr.)と共に、思わず仰け反るほどパワフルかつシャープな3ピースの出音でパフォーマンスがスタートだ。
ノーマンのベースがスウィングする“All Right”からして、ウィルコは早くも鋭く首を振りながら左右にステップする姿でオーディエンスを沸かせ、フィンガー・ピッキングによる激しいカッティングを繰り出す。ノーマンはそのプレイでぐいぐいと3ピースを牽引し、ディランのビートもソリッドなこと極まりない。“Barbed Wire Blues”に続いては、ルーズなロックンロールでコミカルにブルースを吐き出すドクター・フィールグッド時代からのレパートリー“The More I Give”だ。そして、ソリッド・センダーズ時代のレゲエ・パンク“Dr. Dupree”へ。エキゾチックでパンチの効いたギター・リフレインが、中毒性を加速させる。今回の来日中に、ウィルコは自身のHP上で、「“Dr. Dupree”の作詞を手掛けた、友人のヒューゴ・ウィリアムスが、至急の腎臓移植を必要としているんだ」という呼び掛けを行っていた。自身の身体も深刻な病魔に冒されているのに、と思わずにはいられないが、ウィルコ・ジョンソンとは、やはりそういう人なのだと思わずにいられない。
3ピースのアンサンブルは、自由度の高いテンポ感がダイナミズムを描き出していて、ウィルコが歌いながらBPMを上げると、ノーマンとディランが即、食らいついてゆく。それも、一晩に一度や二度の話ではない。さあ、ノーマンのベース・イントロに沸き上がる一曲はドクター・フィールグッドの“Roxette”だ。ウィルコのシャウト混じりのヴォーカルが炸裂し、フロアでは一様に体が揺れる。まさに絵に描いたような「ロックする」という光景が“Sneakin’ Suspicion”へと引き継がれていった。かと思えば、シンプルなサウンドでここまで狂おしさを伝えてしまうのか、というラヴ・ソング“Keep on Loving You”も披露される。この辺りで、ウィルコのヴォーカルも一層くっきりと浮かび上がっていて素晴らしかった。
“When I’m Gone”の長尺プレイでは、3人のセッションが幾度もの抑揚を生み出し、そしてウィルコは鋭い眼光と共に、ギターを構えてオーディエンスに銃口を向けるようなあのポーズを見せる。問答無用に沸騰するフロア。ポーズだけで盛り上がってしまうのだから。その直後に訪れる、無差別乱射カッティングの凄まじさを、誰もが知っているのである。これが、ウィルコだ。彼が病の化学治療を行わなず、音楽活動を続けると公表したとき、筆者も含めて多くの人が心配したはずだ。その決断は本当に正しいのだろうかと。しかし、ウィルコのスタイルは、正しいとか間違っているとかいった他者目線の基準を寄せ付けない。彼のスタイルが、他者目線の基準を超越している。ウィルコが見せるスタイルとは、ウィルコ自身の人生そのものだからだ。
人生そのものである鋭利なロック・サウンドの中で、ふいに豊かな歌心が顔を覗かせたかと思えば、ロジャー・ダルトリーとのアルバム『ゴーイング・バック・ホーム』に収録されているボブ・ディランのカヴァー“Can You Please Crawl Out Your Window”も披露される。続いて軽やかなパブ・ロックど真ん中の“Paradise”を挟み、マイクなど必要ないぐらいの声量で大きくカウントを取ってプレイされるのは“Don’t Let Your Daddy Know”だ。ギターと正面切って向き合い、愛おしそうに優しく抱いて、囁くように歌う。そんな甘い青春まっただ中のウィルコを、今回も見せつけてくれた。ノーマンとディラン、それぞれのソロも盛り込まれる一幕では改めて二人を紹介し、「名前を呼んでやってくれ!」と煽り立てる。
「そろそろ、みんなとバイバイしなきゃ。今日はショウに参加してくれて、本当にありがとう……37年ぐらい前かな? あの頃も、今日と同じ気持ちだったんだよ」。だめだ。我慢しようとしてきたけど、ここで涙腺決壊である。がっつりとフロアからの歌声にもまみれるその“Back in The Night”が鳴り止んだ次の刹那、電光石火で繰り出されるギター・イントロ。悲鳴のような歓声を浴び、この日最速と思えるステップとマシンガン・ギターを披露するのは“She Does It Right”である。痛快極まりない本編フィナーレを迎えたのち、沸き上がるアンコールの催促に「Thank you very much! アリガトウ!!」と応えると、ロックンロールそのものへのオマージュと呼ぶべき“Bye Bye Johnny”のロング・プレイへと向かう。オーディエンスの歌声とハンド・クラップに彩られ、最後のヒート・アップで鮮やかな背面ギター・プレイを敢行すると、ウィルコは笑顔でピース・サインを掲げながら去っていった。終演SEやアナウンスが聴こえても、機材撤収が始まっても、多くのオーディエンスが手を打ち鳴らし続け、帰ろうとしない。
ウィルコ・ジョンソンのロックンロールに救われたことのある人が無数にいるように、ウィルコ自身もロックンロールに救われたことがあり、そして今も救われ続けているのだろう。先述したロジャー・ダルトリーとの共作アルバム『ゴーイング・バック・ホーム』が4月にリリースされるのをはじめ、今後もステイタス・クォーとのジョイント・ライヴを始めとして多くのライヴ/フェス出演を駆け抜けるスケジュールとなっている。(小池宏和)
ウィルコ・ジョンソン @ LIQUIDROOM ebisu
2014.03.17