ランDMCのサウンドを編み出したヒップホップ・プロデューサー、ラリー・スミスが他界

ランDMCのサウンドを編み出したヒップホップ・プロデューサー、ラリー・スミスが他界 - ランDMC 1984年作『ランDMC』ランDMC 1984年作『ランDMC』

ヒップホップの画期的なサウンドを世に送り出したプロデューサーのラリー・スミスが12月18日に他界した。享年63だった。

70年代からセッション・ミュージシャンとして活躍していたラリーはオールドスクール・ヒップホップでも黎明期のアーティストであるカーティス・ブロウのヒット・シングル"クリスマス・ラッピング"でベースと共同作曲を担当し、さらにヒップホップを世界中に知らしめたカーティスの大ヒット曲のひとつ"ザ・ブレイクス"にも参加した。

その後ラリーはカーティスのマネージャーで、後にデフ・ジャムを創業するラッセル・シモンズの知己を得て、ラッセルとのコンビでヒップホップ・プロデューサーとして活躍するようになり、ラッセルの弟ランのヒップホップ・ユニット、ランDMCのファーストとセカンドのプロデュースを手がけることになった。特にランDMCのファースト・シングル"サッカー・MC's"ではバンド・サウンドを一切排除するアプローチを貫いたことで有名で、ドラム・マシーンのみを使った80年代中盤のヒップホップ・サウンドを編み出すことになった。さらにバンドの要請にしたがってロック・ギターとMCを組み合わせたサウンドを"ロック・ボックス"で実現させ、ビースティ・ボーイズやLLクールJらに代表されるサウンドの潮流も生み出すことになった。

その後はヒップホップ・トリオ、フーディニの『エスケイプ』のプロデューサーも手がけ、エレクトロ・ファンクの源流となるサウンドも生み出してみせている。ランはラリーの訃報にツイッターで「R.I.P.(ご冥福を)史上最も偉大なヒップホップ・プロデューサー……ラリー・スミス。俺の最大の、そして最も重要なヒット曲をプロデュースしてくれた」と悼んでいる。

DJプレミアは2009年にラリーを全音楽プロデューサーでも最も重要な人物として挙げていて、それに次ぐプロデューサーとしてマーリー・マール、クインシー・ジョーンズ、ジェイムス・ブラウン、リック・ルービンを挙げていた。


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