【知りたい】ロックの才能から引っ張りだこ、グレッグ・カースティンのプロデュースの凄さとは?
2017.10.20 12:00
このところ立て続けに、ロックでも相当な影響力を誇るアーティスト、つまり、ベックやリアム・ギャラガー、フー・ファイターズの新作がそれぞれリリースされているが、実はそのどのアルバムにもプロデューサーのグレッグ・カースティンが大きく寄与している。
グレッグ・カースティンといえば、記憶に鮮やかに残っているのはアデルの『25』からの1stシングルとなり、さまざまな記録を塗り替えたモンスター・シングル“Hello”を共作したプロデューサーというものなので、最近になってついに主だったロック・アーティストまでもが王道ポップ・ミュージックに呑み込まれてしまったような現象のようにも思えなくもない。
Adele - Hello
しかし、もちろんベックもリアムも、フー・ファイターズも単純にヒットがほしくてグレッグに声をかけているわけではない。むしろサウンドの意匠やソングライティングの試みとしてグレッグとのコラボレーションに乗り出しているわけで、つまり、それだけグレッグのアプローチには異能力的なすごさがあるのだ。
その異能力ぶりはサウンドやアプローチの方向性を提案することだけではなく、ソングライターとしても傑出していて、さらにマルチ・プレイヤーとしても卓越しているところにもあり、ほぼどんな思いつきでもその場ですぐに形に出来るプロデューサーとして知られている。つまり、超絶的な演奏テクニックと驚異的な引き出しの多さを誇っているわけだが、しかし、グレッグ自身の狙いは常に自身の目指すポップ・クオリティに絞られているところにその音の持つ強烈な個性が発揮されているのだ。
The Bird and the Bee - Will You Dance?
もともとジャズ・ミュージシャンを目指して活動を続けていたグレッグはいくつものジャズ・バンドに加わるほか、ソングライターやセッション・ミュージシャンとしての活動も続けていた。やがてシンガー・ソングライターのイナラ・ジョージと結成し、洗練されたジャズ・テイストも加えたエレクトロ・ポップ・ユニットのザ・バード・アンド・ザ・ビーで一躍注目を浴びることになる。その後、オール・セインツ、P!NK、カイリー・ミノーグ、ザ・フレイミング・リップスらの作品に関わっていく中で、2006年には大ヒットとなったリリー・アレンの1stアルバム『オーライ・スティル』にも参加した。
ただ、『オーライ・スティル』はリリーのディレクションによりイギリス特有のレゲエやスカのテイストが前面に打ち出された内容になっていたため、グレッグの参加トラックも基本的にはこの路線を忠実に守ったものになっていた。しかし、3年後のセカンド、『イッツ・ノット・ミー、イッツ・ユー』では全面的にプロデュースと楽曲の共作を託され、憂いを残した完璧なポップ・サウンドを作り上げたことでプロデューサーとしての定評を固めることとなった。
Lily Allen - The Fear
その後はグレッグにとってアメリカでの初のチャート1位曲となったケリー・クラークソンの”Stronger (What Doesn’t Kill You)”を手がけ、一躍引く手あまたの売れっ子プロデューサーとなったが、そのサウンドを最も象徴的に体現している作品といえばやはりアデルの“Hello”のダイナミックな音になるだろう。
たとえば、フー・ファイターズが新作『コンクリート・アンド・ゴールド』でグレッグに求めたものはまさにこのサウンドとハーモニーによる音の拡がりのはずだ。デイヴ・グロールがこのアプローチを考えたのは、2011年の『ウェイスティング・ライト』以来ドキュメント的なアプローチが続いていたからだ。いってみれば、バンド活動のモチベーション確認作業が『ウェイスティング・ライト』とその後の『ソニック・ハイウェイズ』で行われていたのであって、この両アルバムのサウンドもそれにふさわしい密室的なものになっていた。
それに対して今回の『コンクリート・アンド・ゴールド』はバンド・パフォーマンスとレコーディングのダイナミズムを音楽的に追求する作品で、デイヴが「The Guardian」紙に語ったように「モーターヘッドによる『サージェント・ペパーズ』」あるいは「スレイヤーによる『ペット・サウンズ』」という音を狙っていたからには、グレッグほど最適な人物はいなかったのだ。
Foo Fighters - The Sky Is A Neighborhood
もともとデイヴはグレッグのザ・バード・アンド・ザ・ビーがいたく気に入っていてファンだったことから声をかけたというが、マネジメントが一緒のベックが2013年からすでに『カラーズ』でグレッグとの作業を始めていたこともきっと耳にしていただろう。
実はベックはグレッグとはかなり縁が深く、グレッグは2002年の『シー・チェンジ』のツアーにツアー・メンバーとして参加し、レコーディングでは2006年の『ジ・インフォメーション』や2008年の『モダン・ギルト』の両作品にもキーボード全般で参加していたのだ。ただ、今回グレッグをプロデューサーに据えたのはやはり、あのどこまでも広がっていくグレッグの音像を求めてのことだろう。
Beck - Wow
そもそも今回の『カラーズ』はファンクやR&B、ヒップホップも吸収したベックのポップ・サウンドを追求するもので、特にこうしたグルーヴ感の強い楽曲とパフォーマンスを作っていく場合、音の質感をリアルに打ち出すためにどこまでも聴き手に「近い」詰まった音として仕上げていくことが多い。実際、今回の『カラーズ』でもそうしたパフォーマンスのセクションではとても音がすぐ目の前にあるような近さを感じさせるものになっているが、コーラスなどでは一気に拡がりをみせるサウンドとして拡散してみせるカタルシスに満ちていて、これがまさにグレッグの請け負った仕事なのだ。
それにベックはこの近さと拡がりを同時に展開することをかねてから試みていて、『ジ・インフォメーション』や『モダン・ギルト』などはある意味でそういう試みのアルバムでもあったともいえるのだ。
Liam Gallagher - Wall Of Glass
その一方でリアム・ギャラガーは『アズ・ユー・ワー』でグレッグとコラボレーションした理由について、レーベルに勧められて気に入ったから、コラボレーションを生まれて初めて試してみたとあっけらかんと語っている。そして、このコラボレーションはリアムのソングライティングにとってもひとつのきっかけになったというし、音としても、ジョン・レノンのソロ作品やごく初期のエルヴィス・プレスリーの音源のような空気感を醸し出しているところが素晴らしいものになっている。なお、リアムがグレッグと組んでみる決め手になったのはなにかというと、ベックとやっていたからだというのもまた面白い。
今後のプロジェクトとしてグレッグはポール・マッカートニーの新作にも参加しているというので、これも注目されるところだ。(高見展)