くるりの新曲『その線は水平線』は、永久的に聴いていたくなる「おりがみ付き」の名曲だ

くるりの新曲『その線は水平線』は、永久的に聴いていたくなる「おりがみ付き」の名曲だ - 『その線は水平線』『その線は水平線』
くるりが2月21日にリリースした10000枚限定シングル『その線は水平線』には、特典としておりがみが封入されている。なんでも同作に付くおりがみは全部で18色あり、10000枚のCDのうちたった1枚だけ、メンバー直筆のサイン入り&ライブツアー「線」の好きな1公演を無料で見ることができる「金色のおりがみ」入りのものがあるという(ちなみに私のおりがみは黄緑色だった)。

なお、なぜおりがみが入っているのかについては、バンドの公式サイトを見ても「みなさんのご想像にお任せします」と書いてあるだけで、明確な答えは提示されていない。しかしこの愛らしい特典の裏に、「おりがみを付ける」という慣用句的な意味合いがある(すなわち「いい作品である」という証明がなされている)のは間違いないだろう。もしかしたらそれ以外にも理由はあるかもしれないが、その前に考えてみたい――そもそもなぜ『その線は水平線』は、「おりがみ付き」の作品として世に送り出されることとなったのだろうか?


個人的に“HOW TO GO”を想起した、ゴリッとした骨太なギターの音。タフな音像を支える、佐藤征史(B・Vo)のベースと屋敷豪太のドラムの優しさ。春の日差しを思わせるあたたかな岸田繁(Vo・G)の歌声。風のように透き通った美しいコーラスワーク。空高く響き渡っていくようなファンファン(Trumpet・Keyboard・Vo)のきらびやかなトランペット。広大な海の景色と自分の心情を交差させたような歌詞。遥か遠くに引かれたまっすぐな水平線、水面で輝く光、そして一面の青、青、青が美しいジャケットデザイン……。本当にどれをとっても素晴らしいし、すべての要素が密着しあい、『その線は水平線』というアートワークを作り上げているように思える。特筆すべきはやはり音で、ゆったりとした心地いいBPMの中でサウンドと歌がひとつに溶け合い、まさに大海そのもののような雄大さを作品にもたらしている。この包容力溢れる音には聴き手の意識も溶けいってしまいそうになるし、永遠にリピートしていたくなる。以前ラジオ番組で女優の吉岡里帆がこの曲を「水みたいですね」と語っていたが、本当にそのとおりだ。浸透力がとてつもない。こういう感覚をもたらしてくれるのは、いつだってくるりの音楽だけだと思う。佐藤もライナーノーツで言っているが、このサウンドにバンドの真骨頂が詰まっているのはまず間違いない。

しかしこの目覚ましい大作がリリースされるまでにはさまざまな葛藤があったらしい。岸田が書いた『その線は水平線』のセルフ・ライナーノーツによると、このシングルの表題曲は実はかなり前にできており、何度かレコーディングを試みたものの完成はせず、長年陽の目を見ないままになっていたという。その理由について岸田は「この曲がいったい何なのか、よく分からなかったんだと思う」と語っている。しかし最近「歌うべき『中身』など、基本的には持っていない」ということに自覚的になり、「この曲だけではないが、自分自身から溢れ出た、あるいは滲み出たものに関して、これは自分自身の鏡に映った姿でもある、と思うようになった」という。

「歌うべき『中身』など、基本的には持っていない」――この言葉を聞いてハッとした。語弊があるかもしれないが、これこそくるりの歌の本質だと思ったからだ。彼らの楽曲は、歌詞の面からすれば、自身の目に映る生活風景や心模様などを繊細な表現を用いて淡々と描くという感じで、いわゆる「メッセージ性」というものをあまり打ち出していないように思える。それにもかかわらず彼らの歌を聴いていると、何もない平坦な暮らしへのいとおしさや、「生きていればそれでいいか」というあたたかな気持ちで胸がいっぱいになるのだ。その理由ははっきりとはわからないけれど、おそらく人の営みやそれを取り囲む世界に対するくるりの優しくて切実なまなざしが、自ずと曲から浮かび上がってくるからだろう。“その線は水平線”の場合、そんな人間味のある歌詞が、「人力」を匂わせる力強いギターロックに乗っている。だからこの曲は感動的だし、聴き手の心に水のように浸透し、それを潤いで満たしていくのだ。

くるりというバンドの素晴らしい地力を感じられるということと、長い葛藤や悟りの果てにやっと完成したという経緯を持っていること。このふたつの意味で、『その線は水平線』は「おりがみ付き」の作品になったのだろう。また表題曲と一緒に収録されている「京都音楽博覧会2017 IN 梅小路公園」のライブ音源6曲もたまらなく贅沢だし、クリフ・アーモンドがドラムで参加しているラストの“その線は水平線 Ver.2”も熱のあるエッジの効いた音像を作り出していて、どこを切り取ってもバンドの凄味を感じられるから、そういう意味でも今作はやっぱり「おりがみ付き」と言える。永久的に聴けるこんな素敵な作品に出会えたことは、いち音楽リスナーとして本当に喜ばしいことだ。ジャケットに写し出された偉大なる海にも似たこの音楽に、いつまでもいつまでも心身を浸し続けていたい。(笠原瑛里)
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