【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(後編)

【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(後編)

全容が明らかになってみると、サウンドトラックというよりはケンドリック・ラマーとしての新作といってもいいような内容を誇っている『ブラックパンサー:ザ・アルバム』。ただ、通常のケンドリックのアルバムよりは客演も多く、またキャッチーでポップなトラックも揃っているという意味では映画のサウンドトラックという娯楽性も見事に果たしており、なおかつ強烈なラップ・パフォーマンスもしっかり揃えた素晴らしい内容になっている。

なによりも特徴的なのは、主人公のブラックパンサーことティ・チャラが抱える使命感と孤独感が、ケンドリックがアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』以来綴ってきた自身の葛藤とどこまでもダブっていくところで、まるでケンドリック自身の心境として響くところがとてつもなくリアルなのだ。

サウンドはケンドリック自身以外では、全編トップ・ドッグのサウンウェイヴが手がけており、これもまたこのアルバムを特殊なサウンドトラック作品というより、ケンドリックとトップ・ドッグの新プロジェクトとしての意味合いを強くさせている。

なお、実際に映画で使われているのは“All The Stars”、“Opps”、“Pray For Me”の3曲で、ほかは映画『ブラックパンサー』というテーマのもと制作された楽曲となっている。

前編に引き続き、8曲目から14曲目の解説を後編としてお届けする。

前編はこちら。

【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(前編)
全容が明らかになってみると、サウンドトラックというよりはケンドリック・ラマーとしての新作といってもいいような内容を誇っている『ブラックパンサー:ザ・アルバム』。ただ、通常のケンドリックのアルバムよりは客演も多く、またキャッチーでポップなトラックも揃っているという意味では映画のサウンドトラッ…
【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(前編)



8. Bloody Waters:7曲目の“Paramedic!”から途切れぬままに突入するこの曲。

ここではケンドリックの盟友アブ・ソウルが軸となっていて、さらにアンダーソン・パークやジェイムス・ブレイクも共演している。

楽曲としては、アルバム中最も病み憑き度の高いリズム・パターンとサウンドを組み合わせたものだ。ゆったりとしたアフリカン・エスニックなビートに仕上がったサウンドはどこまでもエキゾチックで甘美なものだが、ここではティ・チャラが抱える罪悪感、さらに不穏さを伝える不気味な予感が刻々と綴られている。

冒頭では“Paramedic!”の終盤で見事なパフォーマンスを聴かせたSOB X RBEのYhung T.Oが「仮面の男を紹介するぜ」とこの曲への繋ぎを放ってくるのが微かに聴こえるが、ここでは仮面の男、つまり、ブラックパンサーことティ・チャラの内面がつまびらかにされるということだ。それを受けてジェイムス・ブレイクのイントロとなるボーカルは、ティ・チャラに迫る危機を絶望的に予見する響きを伝えている。

アンダーソン・パークのライムが王者として歩んでいくことがいかに危うさに満ちたことであるかを綴るものになっている一方で、アブ・ソウルのパフォーマンスではティ・チャラを苛ませる罪悪感と自分の敵に謀られないための心掛けが綴られる。

特にアブ・ソウルのパフォーマンスの序盤ではケンドリックの声も重なるフレーズも存在し、それが「手が血でまみれて熱いアグアが必要だ」というもので、これは伯父でキルモンガーことエリックの父親のンジョブを殺めた罪悪感に触れたもの。アグアはスペイン語で「水」の意味だが、スラングでは覚醒剤の結晶のことで、覚醒剤を焙ってパイプで吸わないともうやっていけないという意味だろう。後半では裏の裏をかいていかないととても生き延びることはできないという心境が綴られる。

続くアブ・ソウルの2番目のヴァースでは自身が幼少の頃に目撃した銃殺事件の光景がつぶさに描かれ、武装しなければ平穏には生きていけないという心境と「比喩(虚構)とは違うスコア(映画音楽)を書き上げてみせる」というケンドリックを始めとするトップ・ドッグの関係者がこのサントラに注ぎ込んでいる意気込みが綴られている。

映画のテーマとトップ・ドッグ・アーティストとしての表現のバランスという意味で、最も完成度の高いトラック。締めではやはりまたジェイムス・ブレイクが、ティ・チャラの罪悪感を痛々しくまとめて歌い上げてみせている。


9. King’s Dead:今回のサントラでは2ndシングルとなったトラック。

タイトルの通り王の死後の騒乱状態を綴った曲だが、これはティ・チャラの父、ティ・チャカの死ではなく、ティ・チャラことブラックパンサーがキルモンガーとの対決に敗北したことをテーマにしている。ケンドリックと共演するのは、やはりブラック・ヒッピーの盟友ジェイ・ロックで、ほかにはフューチャーやジェイムス・ブレイクも参加している。

不穏なビートに乗せて綴られるのは、状況を制圧しにかかるキルモンガーのなりふり構わない強者としての生き残りへの執着と強迫観念だが、ジェイ・ロックもケンドリックもキルモンガーに成り切って、さらに犯罪多発地帯で育った自分たちの経験をキルモンガーの心象を表すものとしてラップしてみせている。

基本的にはギャングスタの日常的な皮膚感覚が綴られているのだが、なによりも圧巻なのは転調を迎えてからの一気に押しまくるケンドリックのパフォーマンスだ。自身の生い立ちと存在を否定されたことから破壊へと突き進むキルモンガーとその生き急ぎ方が圧倒的なライムとして叩きつけられていくが、それはコンプトンの命知らずなギャングスタが目にしていく心象の連続として、機関銃のように吐き出されるものになっている。

もともとケンドリックは自身の作品ではこうした視点からの心情は作品化しないため、ケンドリック自身のペルソナからはかけ離れた非常にレアで粗暴な世界観ともなっている。今後、ケンドリックが自身の心象の叙述から離れた第三者的なキャラクター設定へと乗り出していくきっかけも含んだ重要なモチーフでもあるのだ。



10. Redemption Interlude:アルバム『ダム』で共演し“LOVE.”のソングライターとしても活躍したZacariによる、次の曲の“Redemption”への序章。

ティ・チャラがキルモンガーことエリックに対して、なぜ自分に対して憎悪しか抱けないのかと問いかける断章となっている。


11. Redemption:キルモンガーとの対決に敗れ、落ちのびたティ・チャラがジャバリ族にかくまわれ、回復を迎え、鋭気を養っていく過程をモチーフにしたトラック。

深い高揚感を伴うアフロ・ビート・ポップで、ザカリのほか、ズールー語で歌詞の大半を歌い上げる南アフリカのBabes Wodumoが共演している。曲そのものは思いを託し合う関係を歌うもので、ナキアと、ナキアの助けもあり劇的な回復を見せるティ・チャラというふたりの絆を思わせるものになっている。


12. Seasons:ウータン・クランのRZAが使いそうな、深い憂いをたたえるピアノの一節をサウンドの軸にしたほとんどブルースといってもいいトラック。

南アフリカのSjavaがズールー語のボーカルを提供し、南アフリカのMCのReasonとサクラメントをベースにするMozzyがそれぞれにラップ・パフォーマンスを披露する。

三人三様で訴えるのはアフリカとカリフォルニアにおける貧困と暴力の連鎖が引き起こす悲劇で、ある意味で原作のコミックからも離れた映画『ブラックパンサー』としての最も重要なメッセージをほのめかす曲になっている。

そのメッセージは曲の締めでケンドリックが発する「俺はティ・チャラで、キルモンガーでもある/ひとつの世界、ひとつの神、ひとつの家族を祝福しよう」という言葉とも共鳴していく。


13. Big Shot:最後の対決に向かうティ・チャラの心境をモチーフにした一曲。

絶対に負けないという気概を伝えるこのアルバム最強の俺様節となっていて、これをケンドリックはトラヴィス・スコットとそれぞれにふんだんにぶちかましていく。


14. Pray for Me:このアルバムを締め括る、強力なポップにしてえぐるようなグルーヴに突き動かされたナンバー。

この曲に限ってサウンウェイヴは関わっておらず、フランク・オーシャンの『ブロンド』やカミラ・カベロの1stで活躍したフランク・デュークスが手掛けるものになっている。ケンドリックとザ・ウィークエンドが共演するという超絶的に強力なトラックだ。

タイトルの「俺のために祈ってくれ」というのは、全員のために闘っている自分のためには一体誰が祈りを捧げてくれるのか、という、絶対的な孤独を問いかけるもの。これはまさに、ケンドリックの『ダム』の“FEEL.”での問いかけをここであらためて蘇らせるものだ。

しかし、それは誰しもに期待されるばかりで自分へのフォローは誰も考えてはくれないという状況について、もうやってられないという感情の吐露ではない。むしろ、そうした気持ちをすべて捨てていかないとそれを越える大きな目的は果たしえない、という決意を表明していくものなのだ。

このテーマを『ブラックパンサー』という題材を得てあらためてケンドリックは打ち出しているわけだが、ザ・ウィークエンドのあまりにもポップでキャッチーなメロディラインと、このテーマを凝縮しまくったフレーズと歌詞は見事過ぎて、まさにケンドリックの狙いをこれでもかというほどに応えるパフォーマンスをみせつけるものになっている。


当然、ケンドリックのパフォーマンスもすさまじく強力なもので、ある意味でごく短い持ち分の間に、『ダム』で打ち出してきたさまざまなテーマを一気に凝縮したライムとして叩きつけていく。この映画のテーマそのものが『ブラックパンサー』というアクションヒーローのモチーフから、日頃のケンドリックがテーマにしている現代のアメリカで生きることの現実へと移し替えられていくのだ。

サウンドも一気にポップになっていくことで楽曲の性格も抽象化され、これが映画『ブラックパンサー』のモチーフを音にしてみせたものなのか、あるいはケンドリックというアーティストのテーマ性を打ち出した作品なのかよく分からなくなってくる。いずれにしても、映画サントラという作品でありながら自身のこれまでのアーティストとしての探求とテーマが皆既日食のように重なっていくという意味で、稀な傑作であることには間違いない。 (高見展)
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