【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(前編)

【完全解読】サントラ『ブラックパンサー:ザ・アルバム』は、これを読みながら聴け(前編)

全容が明らかになってみると、サウンドトラックというよりはケンドリック・ラマーとしての新作といってもいいような内容を誇っている『ブラックパンサー:ザ・アルバム』。ただ、通常のケンドリックのアルバムよりは客演も多く、またキャッチーでポップなトラックも揃っているという意味では映画のサウンドトラックという娯楽性も見事に果たしており、なおかつ強烈なラップ・パフォーマンスもしっかり揃えた素晴らしい内容になっている。

なによりも特徴的なのは、主人公のブラックパンサーことティ・チャラが抱える使命感と孤独感が、ケンドリックがアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』以来綴ってきた自身の葛藤とどこまでもダブっていくところで、まるでケンドリック自身の心境として響くところがとてつもなくリアルなのだ。

サウンドはケンドリック自身以外では、全編トップ・ドッグのサウンウェイヴが手がけており、これもまたこのアルバムを特殊なサウンドトラック作品というより、ケンドリックとトップ・ドッグの新プロジェクトとしての意味合いを強くさせている。

なお、実際に映画で使われているのは“All The Stars”、“Opps”、“Pray For Me”の3曲で、ほかは映画『ブラックパンサー』というテーマのもと制作された楽曲となっている。

まずは1曲目から7曲目の解説を前編としてお届けする。

1. Black Panther:オープナーを飾るこの曲はケンドリック・ラマーが主人公のブラックパンサーことティ・チャラに成り切ったパフォーマンスを届ける内容の曲。

ティ・チャラは父ティ・チャカを継いでワカンダ国の王に就いているが、超レアメタルのヴィブラニウムの扱いや国のあり方をめぐって多くの不和と不穏さを抱えている。その責任の重圧を綴った内容の曲となっているのだが、それはさまざまな矛盾を抱えたアメリカで、ヒップホップのトップ・アーティストとして苦悩するケンドリック自身の姿とも重なる、どこまでもストイックな内容になっている。

かつてのウータン・クランを思わせるようなピアノのフレーズを軸にしたサウンドもどこまでも内省的なモードを醸しており、ティ・チャラの自問と決意を際立たせる内容になっている。


2. All The Stars:今回のサントラ盤からのリード・シングルとなったシザとの共演曲。

エレクトロニックなグルーヴとSZAの素晴らしいボーカルが際立った、アルバムの聴きどころのひとつ。ケンドリックは冒頭でオートチューンをかけたボーカルで「愛について語ろう」と切り出すが、これは恋愛としての意味での愛ともとれるし、また、映画でティ・チャラが目指す、誰をも受け入れていく人間愛ともとれるものになっており、ラヴソングにもサントラ曲にもなる手の込んだ仕掛けになっている。

ケンドリックの歌詞そのものは、王位を継承したためにさまざまな対立を抱えるティ・チャラの心境を綴ったものになっているが、これもまたヒップホップ界の第一人者となったために直面する煩わしさを綴る、ケンドリック自身の声ともダブるものになっている。

シザの伸びのある素晴らしいコーラスは、すべての星が自分に向かってくるような、運命的なタイミングについて歌われており、そんな唯一無二の機会に人は行動をとらなければならないと促す内容で、大きな決意も歌っている。シザのヴァースもまた人間関係について歌ったもので、サントラとしてもポップ・シングルとしても完璧な作りである。



3. X:この曲はブラック・ヒッピーでのケンドリックの盟友スクールボーイ・Qが参加する曲。ほかに2チェインズと南アフリカのMC、サウディが参加している。

サウディの参加については映画の舞台がアフリカなのでアフリカ的な要素も必要だと、ケンドリックはプロデューサーとして感じたのだろう。また、ケンドリックは『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』制作時に南アフリカに滞在もしているので、その時の空気を欲したのかもしれない。

コーラスもしくはフックとなるのはケンドリックのもので、なにかというと諍いが勃発する危なっかしい状況への気構えを綴っており、気合は入っているかと自問するものになっている。この時のフレーズとしてケンドリックは「Are you on ten yet」と連呼しており、これは「パワーはマックス状態に入ってるか」という内容のもの。ここで「ten」が連呼されていることから、おそらくこの曲のタイトル「X」も「エックス」ではなく、ローマ数字の「テン」と読むのだろう。

ヴァースではサウディがズールー語混じりのどこかダブのトーストっぽいラップを届けていて、スクールボーイ・Qはどこまでも力強く歯切れのいいラップによる俺様節で押しまくる。また、転調してからの2チェインズのラップも突拍子もないフレーズや比喩で俺様節に彩りよく繰り広げていく。


4. The Ways:ここまで登場したスクールボーイ・Qやシザは同じトップ・ドッグとしてのレーベル仲間なので、共演はごく自然な成り行きだ。しかし、このアルバムはあくまでもサントラという娯楽作品なのでケンドリックは目配せも利いた共演を演出しており、そのひとつがこの曲。

楽曲はアルバム『アメリカン・ティーン』でブレイクした新世代R&Bボーカルのカリード、そしてラッパーとしても活躍するスウェイ・リーがボーカルで共演している。

内容は自分を支えてくれるような強い女性への思慕が歌われており、漠然と映画に登場するルピタ・ニョンゴ演じるナキアを思わせる曲となっている。ゆったりしたグルーヴとビートにカリードのやるせないボーカルがよく乗っており、スウェイ・リーの絡みも秀逸だ。


5. Opps:タイトルは「敵」を意味していて、ドラムのリズム・パターンが特に強烈なトラックに乗せてティ・チャラの抗争と闘争における心境が綴られる戦闘的なトラック。

ケンドリックが対決的なラップを披露する一方で、同じコンプトン出身のヴィンス・ステイプルズもこれに呼応するパフォーマンスを披露するが、この小気味いい、流れるようなラップが見事過ぎる客演。その一方で、南アフリカ出身のユーゲン・ブラックロックも客演しており、この人はよりメインストリーム・ヒップホップに近いラップ・スタイルが特徴的。ただ、発音のイントネーションがイギリスのアーティストに近いせいか、グライムっぽく、とても刺激的だ。


6. I Am:まだアルバム・デビューは果たしていないが、イギリスでは注目のアーティストとして賞まで受賞し、ドレイクの最新作『モア・ライフ』にも参加したジョルジャ・スミスによるボーカル曲。

ディストーションのかかったギター・サウンドと強靭なリズムを刻むサウンドが特徴的なスロー・ナンバーで、ジョルジャが憂いに満ちた見事なボーカルを披露する。内容はかなり詳細にティ・チャラの覚悟と決意を紐解く内容で、その心境を最もわかりやすく叙述した曲になっている。


7. Paramedic!:サンフランシスコ近郊のヴァレーホをベースにしているヒップホップ・ユニット、SOB X RBEが客演するトラック。

SOB X RBEは2月にアルバム『GANGIN』をリリースしたばかり。今回ユニットからはSlimmy B、Lul G、DaBoii、Yhung T.Oが参加しているが、ユニットの構成メンバーはもっと多くいると本人たちは説明している。

曲は冒頭でケンドリックが映画の敵役エリック・キルモンガーとして現状に甘んじるわけにはいかないと宣戦布告を歌い上げ、さらにそれに続く激しいラップで自分を前にしては救命医がいても生き存えるわけがない、と相手に凄むパフォーマンスを叩きつける。

それを受けて煽情的なトラックに乗せてSOBの面々がそれぞれにどこまでも対決的なラップを繰り出していく。4人とも際立ってスタイルが違っていて、若手として自分たちを印象付けるという意味では素晴らしいパフォーマンスを披露している。


後編に続く。

(高見展)
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