映画『君の名前で僕を呼んで』とスフィアン・スティーヴンスの奏でる音楽、その奇跡的な結び付きについて

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今年のアカデミー賞で作品賞、主演男優賞、歌曲賞、脚色賞にノミネートされ、ジェームズ・アイヴォリーが見事脚色賞を受賞した話題作が『君の名前で僕を呼んで』だ。

風光明媚な北イタリアの避暑地を舞台に、少年と青年の一夏の恋を描いた美しい物語で、主人公の少年エリオを演じたティモシー・シャラメは本作をきっかけに大ブレイク、次世代を担う才能として今最も注目される若手スターとなった。

そんな『君の名前で僕を呼んで』を語る上で最重要ファクターのひとつと言っても過言ではないのが、スフィアン・スティーヴンスの手によるサウンドトラックの数曲だ。スフィアンは本作にただ楽曲を提供しただけではない。彼の曲は物語とリンクし、主人公の心情と繊細に重なり合う、「控えめな語り部」のような役割を果たしているからだ。


オスカー受賞は惜しくも逃したものの、歌曲賞のノミニーとしてスフィアンは受賞式でパフォーマンスも披露した。『グレイテスト・ショーマン』や『リメンバー・ミー』チームの圧巻のエンターテイメント・パフォーマンスと並ぶとアウェイ感も否めなかったものの、セイント・ヴィンセントのサポートも受けて“Mystery of Love”を切々と歌い上げ、きらびやかなショウビズのど真ん中に静謐にして親密な数分間を生み出す素晴らしいステージとなった。

スフィアンはそんな“Mystery of Love”を筆頭に、『君の名前で僕を呼んで』に3曲の楽曲を提供している。“Mystery of Love”は言わば主題歌で、この映画のために書き下ろした新曲だ。もう一曲の書き下ろし新曲“Visions of Gideon”はエンディングに該当する曲、そして2010年のナンバー“Futile Devices”のリミックス音源が劇中挿入歌としてフィーチャーされている。


前述のとおり、本作の舞台は北イタリア。主人公のエリオは17歳の少年。彼は大学教授の父の助手としてアメリカからやってきた大学院生オリヴァーと出会い、激しい恋に落ちる。アンドレ・アシマンの小説『Call Me By Your Name』(2007)を、『日の名残り』や『ハワーズ・エンド』、で知られる巨匠ジェームズ・アイヴォリーが脚色した本作、監督のルカ・グァダニーノは当初スフィアンに楽曲提供のみならず、物語のナレーションもオファーしたのだという。なぜならアイヴォリーの脚本においてエリオの心情はほとんど言葉にされず、微かな表情の変化や景色の陰影といった繊細な表現で暗喩されるに留まっているからで、監督は言わばそんなエリオの心情の「独白」をナレーターとしてスフィアンに託したかったらしいのだ。

しかし、脚本の原案を読んだスフィアンはナレーションを固辞、言葉で説明するのではなく、むしろエリオの心情に寄り添う音楽によって暗喩を深めたいと提案。グァダニーノ監督もスフィアンのこの提案が唯一の正解だったと後に語っている。つまり、彼の楽曲は物語の俯瞰よりも登場人物とより密接な存在であることが期待されていたということになる。

ちなみに、『君の名前で僕を呼んで』はスフィアンの楽曲以外にもサウンドトラックが重要な意味を持っている作品でもある。

たとえば、全編を通して物語の「運び」を促しているのがピアノ曲の数々だ。エリオは17歳にしてベーゼンドルファーのピアノを達者に弾きこなす少年で、エリック・サティや「リスト風バッハ」を弾く、なんていうシーンも登場する。また、劇中では坂本龍一、ジョン・アダムズらのピアノ曲も多数フィーチャーされ、それぞれが連続性を持って物語を率いていくのだ。


そんなピアノ曲の一方で、本作のサントラのもうひとつの顕著なファクターが、物語の舞台である1983年の時代性を反映した80'sポップスの数々だ。映画『フラッシュダンス』(こちらも1983年公開)で有名な“Lady Lady Lady”や、ザ・サイケデリック・ファーズの“Love My Way”あたりが代表格で、なかでも“Love My Way”に合わせてオリヴァーがダンスするシーンはあまりのキュートさに、ネット上で瞬く間にミーム化したほど。


つまり、北イタリアの避暑地の瀟洒な邸宅に暮らし、ピアノを愛する少年という、普遍的でどこか神話じみた(実際オリヴァーがエリオをギリシャ神話の少年像と重ね合わせるシーンがある)主人公の心情を反映したピアノ曲と、1983年という時代設定に相応しい80’sシンセポップ、そのふたつが本作で対照を成していると言っていい。

そしてスフィアンの3曲はこのふたつをブリッジし、普遍性と時代性が溶け合う場所で絶妙に鳴っている。なぜなら3曲はどれもピアノとアコースティック・ギターを下敷きにしたナンバーであり、そのクラシックな鳴りがモダンなエレクトロニクスを用いたリバーヴやリフレインによって昇華されているからだ。

書き下ろしの2曲はもちろんのこと、“Futile Devices”のリミックスがまるで本作のためにオートクチュールであつらえたような仕上がりになっているのも素晴らしい。この映画の特徴のひとつとして挙げられるのが、自然界の音――虫の羽音や風を受けてさざめく木の葉の音、プールや泉の微かな水音など――が意図的に強調して捉えられていることだが、特に“Futile Devices”のシーンではそれが顕著で、恋に溺れ揺れ動くエリオの気持ちが、雨で湿った草花や土の臭い、温い風と混じり合って鳴るこの曲によって昂っていく、本当に素晴らしいシーンになっている。

ここではそんな“Futile Devices”の2011年のスタジオ・ライブ映像を。


先祖代々受け継がれた屋敷や庭園、歴史を感じさせる古い街角、年代物のピアノで紡がれる旋律、そして古代ギリシャやローマの美へのオマージュと、どこまでも欧州的(しかも英語圏ではない)なモチーフが散りばめられた『君の名前で僕を呼んで』の世界において、アメリカ人のオリヴァーはあくまでストレンジャーであり、それはエリオとオリヴァーの恋の悲しい結末の予感にもなっている。しかし、同じくアメリカ人であるスフィアン・スティーヴンスの英語詞の歌の数々は、イタリア人であるエリオと驚くほど同質で、同化しているのも注目だ。

ネタバレになってしまうので詳細は伏せるが、ティモシー・シャラメの迫真の演技、その息づかいとまさにシンクロした“Visions of Gideon”が流れるラスト・シーンは、本作を傑作として刻むに相応しい数分間となっている。


ちなみにスフィアンは実際に本作の映像を一秒も観ていない段階で“Visions of Gideon”と“Mystery of Love”を書き下ろしたという。音楽と映画のここまで奇跡的な結びつきは滅多にない。目と耳と脳、それぞれをフル使用してその感動に触れて欲しいと切に思う。(粉川しの)

映画『君の名前で僕を呼んで』の詳細は以下。

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