『sakanaction』以後、『グッドバイ/ユリイカ』、『さよならはエモーション/蓮の花』から1年のブランクを経てこのシングルが届けられたとき、多くの人は驚き、そして少し戸惑ったのではないかと思う。なぜなら、近作とはまるで違うアッパーさと軽快さがあったからだ。しかしそこにたどり着く軌跡は壮絶ともいえるものだった。オファーを受け制作に取り掛かったのは2014年の春だったということなので、足掛け1年以上を費やしたことになる。前回の『sakanaction』というアルバムをだいぶ前に出して、紅白に出たあと『グッドバイ/ユリイカ』『さよならはエモーション/蓮の花』で自分の内側に向く曲を、シングルとして続けて出してきたんです。自分の気持ちのベクトルが、それまでは外だったけど、また内側に向き始めてたタイミングで。そこで今回、『バクマン。』の主題歌を作ってほしいというタイアップの話だったんで、1回潜ったところから上がらなきゃいけなかったんですね。でも、それによって元に戻るのも嫌だし、前とは違ったところに浮上しなきゃいけなくて。そこを探すのがすごく難しかったですね。今までは、フィクションも歌にできたんですけど、ここでまたフィクションを歌にすると逆戻りだなと思ったし、この先に待ってるアルバムとつじつまが合わなくなってくると思って。つまり、ちゃんとリアルを歌わなきゃいけなかったんですけど、映画が『バクマン。』で、漫画家が主人公だし、漫画の実写映画化だったし、自分は、あんまりこれまで漫画を読んでこなかったというのもあって、それと自分のストーリーをどう重ねたらいいのかわからなかった。だから殻を破るというよりは、地上に上がってみたら知らない壁があってクライミングし始めたような感じでしたね。しかも体は濡れてて、重いまま登っていく感じでした。
(『Cut』2015年10月号/“新宝島”)
その過程で山口は、漫画家という主題に対する手がかりを求めて漫画の神様手塚治虫までさかのぼっていった(“新宝島”というタイトルは手塚作品から借用している)。それはもちろん与えられたお題に対して誠実に応えようとする姿勢の表れでもあるが、それ以上に自分自身との接着点を探してのことだったことが、上記発言からもわかるだろう。この曲には漫画と音楽というジャンルの違いこそあれ、創作することへの強い決意が筆圧高く書き連ねられている。ミュージックビデオやライブでの演出も含めどこかコミカルな要素がある楽曲だが、そのじつきわめて強いメッセージを込めた、これまででもっとも正直な、サカナクションによるサカナクションの「自己紹介」だと思う。
サカナクションの制作がいつも綱渡りのようなスケジュールになっていくのは、もちろん彼ら自身が妥協を許さずとことん「答え」を探し求めるからだが、その中心にあるのは山口一郎の自問自答、つまり「おまえは何をする者なのか?」という鋭い問いかけだ。そしてその自問自答が歌詞というひとつの形を成したとき、名曲が生まれる。つまりサカナクションの産みの苦しみは、常に原点に立ち返ることの苦しみであり、そこからしか楽曲を生み出せない山口一郎というアーティストの業でもある。しかし同時にそれは、その後に到来する未来を約束するものでもあるのだ。またしても難産となっている『834.194』にはどんな「山口自身」が刻まれているのか。今から楽しみでしかたがない。