米津玄師が菅田将暉が歌うべき曲“まちがいさがし”に込めた「救い」も「祈り」も超えたものとは?

米津玄師が菅田将暉が歌うべき曲“まちがいさがし”に込めた「救い」も「祈り」も超えたものとは? - 『まちがいさがし』5月14日配信『まちがいさがし』5月14日配信
米津玄師が作詞・作曲・プロデュースをした、菅田将暉の新曲“まちがいさがし”。米津は『菅田将暉のオールナイトニッポン』にゲスト出演した際、同曲について「菅田将暉に歌わせるなら気の抜けた曲を作れない」という気合いのもと制作に当たったことを明かした。その結果完成したこの“まちがいさがし”は、ピアノと歌だけで始まり、1番のサビからストリングスとバンドが入るシンプルなバラード。徹底的に「歌」にフォーカスを当てた音作りだ。

歌い出しの《まちがいさがしの間違いの方に/生まれてきたような気でいたけど/まちがいさがしの正解の方じゃ/きっと出会えなかったと思う》というラインは、まさにこの楽曲の根幹を担う思考だ。いくら順調に人生を歩んでいても「もしあの時ああしていなければ」と思う瞬間はあるし、自分にないものを持っている人を見て、羨望の眼差しを向けたり、自己嫌悪に陥ることも少なくない。ふとしたときに宿るそんな素朴な気持ちを「まちがいさがし」という老若男女誰もが一度は体験したことのあるゲームに置き換えるところに米津のワードセンスが光る。

それと同時に、この歌詞は菅田が歌うからこそ響く言葉たちではないだろうか。菅田の歌声は実直な熱さに、ほのかな陰と鋭さがある。華麗でスマートというよりはどこか泥くさく、優しさと繊細さも併せ持っていて、彼の佇まいがそのまま集約されていると言っても過言ではない。Aメロ、Bメロと独り言のように一言一言かみしめて歌い進めるところ、バンドとストリングスが入ると同時に、聴き手である「君」を目がけてまっすぐ声を飛ばす。感情の沸点をあらわにしながら愛情を伝えるその歌唱は、サビの《君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ》という歌詞を体現するようだ。

《間違いか正解かだなんてどうでもよかった》と思えたことも君と出会えたからで、《風に飛ばされそうな 深い春の隅》や《瞬く間に落っこちた 淡い靄の中》という現状を受け入れられるのも君がいるから――大切な人を大切に想うというピュアすぎるほどのラブソングは、間違いだらけのわたしたちの人生を肯定してくれる。それは「君の人生は間違ってないよ」という励ましや、「きっと未来にはいいことがあるよ」という不確かな楽園の提示よりもずっとリアルだ。

菅田は公式コメントで同曲について「救いでも祈りでもない集い」と発言していたが、迷いがなく説得力に満ちた彼の歌声は、現実の大切さを知らしめることで「もっと美しい日々が訪れるかもしれない」という未来への希望を抱かせてくれた。楽曲の核心に触れながらも、その向こう側にまで踏み込めるのは強い生命力があってこそ。菅田の風格をつぶさに味わえる楽曲が誕生した。(沖さやこ)
公式SNSアカウントをフォローする

最新ブログ

フォローする