『神楽色アーティファクト』で「未来」「終わり」それぞれを見つめる「ふたりのまふまふ」について

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  • 『神楽色アーティファクト』で「未来」「終わり」それぞれを見つめる「ふたりのまふまふ」について - 『神楽色アーティファクト』初回生産限定盤A

    『神楽色アーティファクト』初回生産限定盤A

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2017年10月。「まふまふ」という不思議な名前のアーティストがアルバム『明日色ワールドエンド』を発表した。アルバムは、発売初日に3万2千枚、初週には7万枚超を売り上げオリコンウィークリー2位を記録。分厚いベールに包まれていたネットシーンのカリスマが、ネットの外側の世界にその存在を知らしめる、そこが始まりだったと言えるかもしれない。

2010年にニコニコ動画に動画投稿を始めたまふまふは、歌ってみた動画だけでなく、オリジナル楽曲も数多く制作。その特徴はなんと言っても、女性よりも高音域を歌い上げるハイトーンボイス。そして、生きることへの疑問、苦しみを綴った、かきむしるようなフレーズの並ぶ楽曲たちだ。以前取材で「子どもの時に、生きていくのをやめようとしたことがある」と語っていたまふまふは、きっと世の中や他者の残酷さに触れたことがあるのだろう。彼が生み出す音楽の根底には、世界への不信や諦めがある。

アルバム『明日色ワールドエンド』は、そのスタンスを象徴している。《ああ もうやめた/全て失くしてしまえばいい》と叫ぶ“輪廻転生”、《人生とかいう罰ゲーム》と吠える“罰ゲーム”、そして《願っている もういいんだって/救われやしないんだ》と投げ出すような“終点”。そこかしこに「ここではないどこかへ行きたい」、「自分でないものになりたい」という願いが滲む。《ただ一つ 一言だけください/生きていいよってさ》(“立ち入り禁止”)と願いながらも生きることには、常に血を流すような痛みが伴う。まふまふほど強い苦しみではないにせよ、「なぜ生きているんだろう」、「何もかも諦めてしまいたい」と感じる瞬間は多くの人に経験があるはずだ。そんな心の暗いところに、まふまふの張りつめた声が、尖った歌詞が、鋭く突き刺さって抜けない。『明日色ワールドエンド』という作品は「閉じている」と感じる。“終点”で終わり、そして「連鎖」の意味を持つ1曲目のインスト曲“[Nexus]”へ戻り“輪廻転生”に続く構成からもわかるように、ループしていて、これ一枚で完結している。まるで、もうここですべて終わってほしいと願うように。

そんな閉ざされた世界にあって、それでもまふまふは音楽を作り続けた。自身の曲だけでなく、楽曲提供、タイアップ、ユニット曲など数多くの曲を発表。そのたびに多くの反響を生み、認知が広がり、ライブの規模も少しずつ大きくなっていく。それは、まふまふの声に世界が少しずつ応え始めたかのようだった。

そうして今年の6月。まふまふのワンマンライブ「ひきこもりでもLIVEがしたい!〜すーぱーまふまふわーるど2019@メットライフドーム〜」での一幕が忘れられない。MCで「まじめな話をさせてください」と言って語られたのは、苦しんだ過去と、この場所に至るまでの平坦でない道のり。そして、背中を押してくれる友と、音楽を聴いてくれる観客のいる今。声を詰まらせながら言った「もう一度生まれ変わる時がきたら、僕に生まれたい」。自分ではないものになりたい、終わりたいと願い続けてきたまふまふがこの言葉を告げるさまは、大きなハードルをひとつ越えたように見えた。例えるなら、閉ざされていたドアが開いたかのような。リセットボタンを押すことでしか希望を見いだせないような、暗く、閉ざされた世界。けれどその外側に「本当の世界」があって、自分の音楽がそこに届いていて、聴いている人間がいることを、ドームをいっぱいに満たす光が実感させたのかもしれない。

そうしてこの10月、2年ぶりとなるアルバム『神楽色アーティファクト』が発表された。通して聴いてみれば、おそらく「おや?」と思うだろう。そこには、今までにないまふまふが詰まっているからだ。
例えば“動かざること山の如し”や“アートを科学する”はかたやチップチューン、かたやピアノをメインに据えており、目新しさがある。“女の子になりたい”は、少女のような柔らかな高音とハスキーな男性声両方を駆使したギミックが仕込まれている。どれも心地よくポップなメロディで、音楽で遊ぶまふまふの姿が透けて見えるようだ。“君のくれたアステリズム”も外せない。ライブで見た景色を描くこの曲では《君が変えてくれたんだよ アステリズム/どんなかけ違いも間違いじゃなかったこと/もうひとりぼっちじゃないよね》と、観客へのストレートな感謝と信頼を綴る。こんな歌詞は、これまでのまふまふではちょっと想像できなかった。4曲あるタイアップも、アルバムをより多彩なものにしている。『少年ジャンマガ学園』の公式テーマソングである“拝啓、桜舞い散るこの日に”は、風が吹き抜けるような清涼感が新鮮だ。先への不安や過去を想う寂しさがありつつ、最後に残るのは《これからの御話は/この扉を開いた向こう》という未来への期待だ。

もちろん、明るい曲ばかりではない。今までの「終わりを望むまふまふ」もしっかり存在している。“マルファンクション”では《この人生はフィクションでいい》と言い捨て、“とおせんぼう”では《ボクはここにいるよね ね?》と問いかける。“生まれた意味などなかった”では、《この命に意味などないのに》とはっきりと歌う。
『CUT』2019年10月号のインタビューで「自分の曲には『物事は常に終わりに向かっていく変化の過程にある』という前提がある」と語ったまふまふ。解像度の高いその瞳は今も世界の残酷さを目の当たりにし続けているのだろうし、すべての生き物の終わりに待つ「死」の影がその視界から消えることはないのだろう。
だが、『神楽色アーティファクト』の最後に据えられているのは“あさきゆめみし”だ。立ち止まった人を置いていくことを悔やみながら、それでも前に進まなければ、という曲だという。“終点”で終わっていた『明日色ワールドエンド』とは明らかに違う。痛み、傷を抱えながらも、『神楽色アーティファクト』は次へと向かっていく。世界に絶望して諦めて、それでも懲りずに期待する。矛盾したその二面性は、人間らしさそのものではないかと思う。

2020年3月、まふまふはついに東京ドームのステージに立つ。きっとそこで、より強まった希望と絶望のコントラストを鮮やかに見せてくれるだろう。そんなまふまふを、いっぱいの光で迎えたいと思う。その光景がまた新たな扉を開くことを期待して。(満島エリオ)
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