ボブ・ディラン「僕はフリークショウに影響を受けた」

ボブ・ディランが自身の世界的成功はまったくの「謎」だと語った。彼はアーティストとしての技巧をフリークショウから学んだと考えているからだ。

Bobdylan.comでビル・フラナガンと話しながら、ディランはこれまでメインストリーム・カルチャーに自分の居場所があると感じたことは一度もないと言った。

自分は「バイロン型」のアーティストなんだと言いながら、ディランはこう説明する。「僕がキャリアをスタートさせたとき、メインストリームはシナトラ、ペリー・コモ、アンディ・ウィリアムズ、それから『サウンド・オブ・ミュージック』だった。もちろんそこには僕が入り込む余地などなかったし、それは今も変わらない。僕の書いたいくつかの曲はそんな垣根を越えて有名になったけど、それはすべて他のシンガーが歌ったからだった」

カルト・リーダーとしてのレッテルを貼られることを拒むディランだが、最初の頃は移動サーカスのパフォーマーたちを観てステージでの演出技法に磨きをかけていったという。

「人の情緒的なレベルはそれぞれに異なっている。特に若いときはそうだ。当時の僕が受けていた影響はその大部分がエキセントリックなものだったと言えるだろうね……マス・メディアもそれほど広い影響力を持っていなかったから、僕はやってきては去っていく旅芸人たちに引き込まれていった。サイド・ショウのパフォーマーたちさ――ブルーグラス歌手に、ごわごわした手でロープの手品をする黒人カウボーイ。ミス・ヨーロッパ、背中に大きなこぶのある男、ひげの生えた女性、ハーフマン・ハーフウーマン(身体を半分ずつ男と女に扮装した人)、歪んだ人や曲がった人、アトラス・ザ・ドワーフ、火食い男、教師に説教師、ブルース歌手。そういう人たちを昨日のことのように憶えているよ」

「その中の何人かと仲良くなった。彼らから尊厳について学んだよ。自由についてもね。市民権に人権。自分自身を忘れないようにする方法。その間、他のみんなはローラーコースターなんかの派手な乗り物に乗っていたけどね。僕にとってはそういうのは悪夢みたいなものだった。あの有頂天な感じとか、人工的なわざとらしさがね。単調な生活に刺激を、みたいなさ。そういうのはピンとこなかったし、リアルじゃないと思った。メインの道から外れたところにリアリティの力はあるんだ。少なくとも僕にとってはそうだった。家を出てからもその気持ちは変わらなかった」

こうしたエキセントリックな影響源にもかかわらず彼が何億枚ものレコードを売っていることに話が及ぶと、ディランはそれを認めた。「ああ、確かにね。でもそれは僕にとっても謎なんだ」

(c) NME.COM / IPC Media 2008/2009
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