「このアルバムに登場するどうしようもないキャラクターは全部私でもある。朝9時に、昨日の服を着たまま手にヒールを持った女だった経験があるし(笑)」
セイント・ヴィンセントが、キャリアで「最も大胆で深い」作品を目指して、セックスとドラッグと悲しみを描いたアポカリプス時代の傑作『マスセダクション』は、2017年の年間ベスト・アルバム上位に軒並み入る高評価を受けた。
あれから4年、『Daddy's Home』がとうとう完成。デビュー当時から何度もキャラを変えてきた彼女だが、今作は前作の構築美を解きほぐすようないきなりレイドバックしたファンク・サウンドで、テーマは、1971年から76年頃のニューヨーク、ダウンタウン。「ざらざらして、汚れていて、どこかいかがわしい」サウンドを目指したそうだが、実はホワイト・カラー犯罪で捕まっていた父の出所がきっかけで作られている。
そのためか、欠陥だらけの彼女を、または父を、コロナ禍を生きるトラウマを抱えた私たちを、ウーリッツァーの温もりあるサウンドで、まあ生きてさえいれば、なんとかなるよ、と言わんばかりに優しく包み込む。
アポカリプス後の我々が今まさに聴きたかった許しと再出発と微かな希望を鳴らしてくれている。(中村明美)
セイント・ヴィンセントのインタビューは、現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。