自称エルヴィス・プレスリーの実子と名乗るスウェーデン人女性がリサ・マリー・プレスリーを訴える

自称エルヴィス・プレスリーの実子と名乗るスウェーデン人女性がリサ・マリー・プレスリーを訴える - 1960年作『G.I.ブルース』1960年作『G.I.ブルース』

あるスウェーデンの女性が、自分こそがエルヴィス・プレスリーの本当の遺児だと主張、名誉棄損や感情的苦痛を受けたとしてエルヴィス・プレスリーの遺産管財団体とエルヴィスの娘リサ・マリー・プレスリーを訴え、1億3千万ドル(約101億4千万円)もの賠償を求めているとビルボード誌が伝えている。

問題の女性リサ・ヨハンセンは1998年に出版した『I, Lisa Marie: The True Story of Elvis Presley's Real Daughter』の中で、1977年にエルヴィスが他界すると母親であるプリシラ・プレスリーは身の危険を感じ、娘である自分とアメリカから出国し、娘である自分には新しい身分を用意したと主張している。

ヨハンセンはこれまで自分こそがエルヴィス・プレスリーの遺産の正当な継承者だと主張していて、エルヴィスの娘であるリサ・マリー・プレスリーの顔面と頭蓋骨の骨格鑑定からそのことを証明できると主張してきた。

しかし、ヨハンセンは『I, Lisa Marie: The True Story of Elvis Presley's Real Daughter』の出版時に自分がエルヴィスの血縁者であることを証明するためにDNA鑑定を受けることを拒否したため、逆に本の出版社から本の売上への営業妨害だとして訴えられていた。ヨハンセンはその後、DNA鑑定を受けることに承諾しているという。

一方、エルヴィス・プレスリーの遺産管財側はヨハンセンに対してこれ以上の「悪意に満ちた虚偽の要求やあつかましくよこしまな行い」に耐えることはできないとして、将来的な訴訟をほのめかす声明を先頃発表していて、今回のヨハンセンの訴訟はこの声明への返答と考えられている。

なお、エルヴィスの唯一の妻だったプリシラ・プレスリーはアメリカの軍属とドイツ人の母の間に生まれた娘で、父が他界した後、母はやはりアメリカの空軍士官と再婚。父の赴任先であるドイツに滞在していた1959年、その前年に徴兵されドイツに駐屯したエルヴィスと知り合った。エルヴィスに見初められた時にはまだ14歳だった。その後67年にエルヴィスと結婚し、68年に娘リサ・マリーを出産。73年にはエルヴィスとの離婚が成立したが、離婚後もエルヴィスの相談相手になっていたことで知られていて、リサ・マリーもロスのビヴァリーヒルズにあったプリシラ宅とテネシー州メンフィスにあったエルヴィス宅(グレイスランド)の両方を行き来していたことで知られている。

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