ビル・ワイマン、ストーンズ脱退を決めたのは初来日時の飛行機のためだったことが明らかに

ビル・ワイマン、ストーンズ脱退を決めたのは初来日時の飛行機のためだったことが明らかに

元ザ・ローリング・ストーンズのビル・ワイマンは自身の半生を写真や記念品などで振り返る豪華本としてまとめた『Bill Wyman's Scrapbook』を先頃リリースしているが、ストーンズ在籍時にもバンドの記録保管担当を務めてきたビルは、自分の収集癖やストーンズの思い出、さらにバンドとの再結成ライヴの感想を『ローリング・ストーン』誌に語っている。

本は幼少時からのビルの人生を写真や記念品、手紙やポスターなどの図版とビルの解説で紐解くものになっていて、もちろん、ストーンズ関連の資料もかなり重要な要素となっているものの、ストーンズの外での写真なども膨大に収録された内容になっている。ただ、こうした収集癖がついたのはそもそもストーンズに在籍していた自分の姿を記録しておきたかったからだとビルは説明している。

「バンドに入った時、ぼくにはもう8か月になる息子がいて、だから、ぼくは自分がかつてバンドをやっていて、テレビにも出て、レコードも2枚出したと息子に知ってもらいたくて始めたことだったんだよ。それでいろんな細々としたものをスクラップブックに集めるようになったんだ」

それがどんどん増えて山ほどの資料になってしまったとビルは振り返っていて、「そもそもバンドは1年か2年持てばいい方だと思ってたし、当時は全員そう思ってたもんだったんだよ」と説明している。

多芸多趣味で知られるビルだが、すでに自身の著作物も7冊を数えていて、ストーンズをやめてからはローマ遺跡の発見に寄与するなど考古学方面でも活躍している。こうした出来事についてビルはなにかに手を出す度に驚くような出会いがあって、それで素晴らしいことを体験できることが多いとビルは語っていて、「一生ロックンロールだけをやっているよりはよっぽど楽しいんだ。だから、僕も次のステージへと行かなきゃならなかったんだよ。そのことがこの本にはよく表れていると思うよ。しっかりこの本の内容に浸ってくれればその辺はわかってもらえると思う」と振り返っている。

また、今回の50周年記念ライヴのロンドン公演でストーンズと"イッツ・オンリー・ロックンロール"と"ホンキー・トンク・ウィメン"の2曲で共演したことについては、10代になる自分の娘3人は、ストーンズと自分がステージで演奏している姿を観たことがなかったので、今回初めて観せられたという意味ではよかったと語っているが、たった5分の共演だったことは残念だったと語っている。また、「お前は2曲だけだからね」とミックに言い渡されたとビルは明らかにしていて、次のように語っている。

「だから、アメリカには行かなかったんだよ。それで『たった2曲のライヴを3回やるために2週間も旅する気にはなれないよ』って答えたんだ。で、もうこれ以上、これには関わりたくないと思ったんだ。このことはもう何度も言ったと思うんだけど、何年か経った後で過去に戻ろうとしてもできないんだということに気づいたわけで、それはもう前とは違ってしまっているからなんだ。昔の同級生、昔の彼女、離婚した昔の女房とヨリを戻そうったってうまくいかないんだから。バンドだって同じだよ。ぼくは今の生活に満足しているし、バンドのみんなと友達であることには変わらないんだからさ。これまでずっとやってきたように、今だってみんなで僕たちはお誕生日とクリスマスの贈り物を贈り合ってるんだよ。僕たちはね、実はすごく仲がいいんだよ。ロニーとはイヴェントとかでよく顔を合わせるし、よくつるんだりもするけど、仕事は一緒にやらないということだよ。バンドそのものにはもう関わり合わないということなんだよ。それはもう20年前に置いてきちゃったものだからね。その前のバンドをやってた30年は僕にとって最高だったけど、その後は他のこともたくさんやってきたんだよ」

なお、1993年にビルがバンドをやめる直接の原因となったのは、ビルが飛行機に乗るのを嫌がるようになったからだと知られていて、これについてキース・リチャーズはそれまでずっと平気だったビルがどうして急に飛行機が嫌になったのかどうしても解せないと自伝の『ライフ』でも語っているが、その経緯をビルは次のように明かしている。

「40年飛行機に乗ってきて、そして相当にぞっとする瞬間なども経験して、1990年の日本ツアーでもう飛行機には乗りたくないと決心してしまったんだよ。だから、あのツアーの最後のヨーロッパ・ツアーでは僕だけ陸路で移動して会場には必ずバンドの前に入ってたんだ。するとバンドはいつも『どうやって来たんだよ?』って訊いてくるんだよ。その様子はおもしろかったよ」
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