ビートルズの秘書、フリーダ・ケリー、往時のビートルズや自身との関わりを語る

ビートルズの秘書、フリーダ・ケリー、往時のビートルズや自身との関わりを語る

ザ・ビートルズを影で支えた秘書として知られるフリーダ・ケリーのドキュメンタリー映画『愛しのフリーダ』が12月7日に公開されるが、当のフリーダが『ザ・ガーディアン』紙の取材に応じ、ビートルズの秘書として活躍した当時のことを振り返っている。

駆け出しの頃からビートルズとマネージャーのブライアン・エプスタインの秘書を11年務め、その間ファン・クラブの運営も仕切っていたフリーダだが、ビートルズ解散後に事務所をたたんだのもフリーダとされていて、その後はビートルズについてまったく口を閉ざしたまま、今も法律事務所で秘書として勤務しているという。これまで自分が経験したことを公に語ることを一切考えてこなかったわけについて、次のようにフリーダは説明している。

「わたしとしては本を書きたいと思ったことはないのね。そもそも(ビートルズについての)本ならもうたくさんあるし。それに出版社としてはきっとおいしいところ、つまり、メンバー間の言い争いを欲しがるはずだと思うし、わたしとしてはそれはやってはいけないことだと思っているのよ」

やってはいけないのは今でもビートルズへの忠誠心があるからだとフリーダは語っているが、しかし、今回気を取り直してドキュメンタリー製作に動き出したのは、娘に物忘れがひどくなる前にちゃんと語っておいた方がいいと言われたことと、現在3歳になる孫のニールに「おばあちゃんが若い頃なにをやっていたのか知っておいてもらいたかったから」と説明している。そこで、フリーダはビートルズと同年代のミュージシャンでマージービート・シーンでも活躍していたビル・キンズリーの甥っ子でアメリカで映像作家として活動しているライアン・ホワイトに連絡を取ったという。

ホワイトはそれまでもリヴァプール周辺を訪れた際にはフリーダにも会ったことはあったが、実はビートルズの秘書だったことなど知らなかったといい、フリーダの口から真相を聞かされた時にとんでもない事実だと驚愕し、すぐに資金募集サイトで撮影資金を募ってリヴァプールでのドキュメンタリー撮影に乗り出すことになったという。

そもそもフリーダは16歳で学校を出るとリヴァプールの会社の事務員やタイピストとして働いていたが、職場の同僚に誘われてビートルズが出演していたキャヴァーン・クラブのお昼のライヴに足を運ぶことになっていっぺんに虜になってしまったという。

「それはあの子たちの演奏の仕方とか、そういうことじゃなくて、もうすべてがすごかったの。ステージでの佇まいとか。あの頃はね、誰もレザーの服なんて着てなかったのに、ビートルズは全員着てたから。ステージでもいつもメンバー同士で浮かれてはふざけてて、あの子たちが何かバカなことをやってるとあまりにも楽しそうでどうしても自分もそこに加わりたくなるの。ステージの一番前で『あの曲やって』ってお願いしても『それは今はやりたくないな。別のをやるよ』って返事してきたりして。それに特に曲の順番とかも決めずにいつもやってみたいだし」

その後すぐにフリーダはビートルズのライヴの常連になり、車で自宅まで送ってもらう仲にもなったというが、ビートルズがキャヴァーンで行った294回のライヴのうち、およそ190回をフリーダは観ていると語っている。その後、リヴァプールのレコード店NEMSを切り回していたブライアン・エプスタインがビートルズのマネージャーを引き受けると、ブライアンは早速フリーダをアシスタントとして働かないかと声をかけ、フリーダは父親の猛反対をよそに二つ返事で応じたという。「なんか信じてたの。あの子たちがいつかきっと有名になるってわたしにはわかってたのね」とフリーダは当時を振り返っているが、まさかあのようなスケールでの話だとはさすがに思っていなかったとも語っている。

また、ブライアンの秘書になった当初、ファン・クラブはフリーダの自宅を気付の住所にしていて、個人的にファン・レターに応えていたというが、セカンド・シングル"プリーズ・プリーズ・ミー"がチャート1位を獲得すると、ファン・レターが1日800通は届くようになり、父親の怒りを買うことにもなって、ファン・クラブも事務所に移して業務として処理することになったとか。

ファン時代から常にバンドと行動していたことから、メンバーからは妹扱いをされていて、メンバーの家族からは娘扱いされていたというフリーダは頻繁に各メンバーの家庭にも出入りしていて、そこでメンバーのいらなくなったシャツなどを貰い受け、それを小さい断片に裁断してはファン・クラブの特典としてファンに提供したりしていたという。さらに、事務所にメンバーが立ち寄った時には必ずサインをお願いしなければならなかったとフリーダは振り返っていて、そうした時のメンバーの様子を次のように振り返っている。

「ポール、ポールはいつも当てにできる人だったわね。ジョージはよく気の付くタイプで、『きっとサインしなきゃならない、そこの棚に入っているものはなに?』っていつも訊いてくるの。リッチー(リンゴ)はいつもにこにこしてて。ミスター・ハッピーだった。ジョンは気分の波がすごく激しくて。人はジョンをよく尊大で他人にきつい人だって思いがちで、確かにジョンには荒れる時もあったけど、実はすごく面倒見のいいところがあったのよ」

なお、作品の予告編でホワイト監督にメンバーとデートすることなんてなかったんですかと訊かれると、フリーダは「その質問はパス」と答えていて、そういう話には全然ならなかったんですかとさらに訊かれると、フリーダは「お話はいろいろあるんだけど、誰かが脱毛症になったら困るから(笑)」と答えている。『ザ・ガーディアン』紙の記者もあらためて、メンバー全員に対して抱いていた恋愛感情が真剣なものになったりはしなかったのですかと訊いたところ、フリーダはこれにも「パス」と交わしている。しかし、その後、「みんなまだ10代とかそんなもんだったわけだし、そこら辺はご想像に任せるわ」と答えている。

また、この作品はビートルズのメンバーが直接関わっていないビートルズ関連映画として初めてビートルズの音源使用が認められていて、4曲使われているが、さすがにこれには自分でも驚いたとフリーダは語っている。

「わたしは滅多なことじゃ驚かない人間なんだけど、監督からスカイプで4曲使えるようになったって教えてもらった時には(嗚咽で)喉が詰まっちゃって。『まだ憶えててくれたのね』って思えてね」

『愛しのフリーダ』の予告編はこちらから。

『愛しのフリーダ』の日本公式サイトはこちらから
http://freda.jp
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