「現実」VS「イノセンス」

「現実」VS「イノセンス」

本日発売のCUTに掲載している編集後記をアップします。
大変売れ行き好調、元気の湧いてくる1冊です。
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 第85回アカデミー賞のノミネートが発表された。個人的には、『ザ・マスター』『007 スカイフォール』『ムーンライズ・キングダム』などがもっと主要部門でノミネートされるのを期待していたのだが、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『世界にひとつのプレイブック』『ハッシュパピー バスタブ島の少女』など好きな作品やまだ観ていないけれど期待している作品が主要部門に多数ノミネートされているのは嬉しかった。
 ところで、今回のノミネーションを眺めていて昨年、アメリカで公開された映画には「残酷な現実」と「人間のイノセンス」の対決を描いたものが多かったことに気付いた。今月号でフィーチャーしているアン・リーの『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』とウェス・アンダーソンの『ムーンライズ・キングダム』は、まさにそういう映画である。この2作品に関していうと、やがて残酷な現実の中で損なわれてしまうかもしれない「人間のイノセンス」を象徴する主人公として少年が登場する。しかし、それとは対照的に老夫婦を主人公にそのテーマを描いたのがミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』である。
 病に倒れた妻と、彼女を自宅で献身的に介護しながらも精神的に消耗していく夫を生々しく執念深く描いたこの映画。たとえば戦争映画などとは別の意味で「残酷な現実」をどこまでも突きつけてくる映画で、無意識的に観ることを避けてしまう人も多いだろう。しかも、この映画は人生において何が正しいかの答えは出してくれない。しかし、それでも結末まで辿り着いた観客は、自らのイノセンスを失わずに「残酷な現実」の最後の風景をまっすぐ見届けるための勇気を胸に抱くことができる。
 僕は、これらの映画を観ていてファンタジーとノンフィクションの境目がなくなっているのを感じる。ファンタジーが突然、ノンフィクションに感じられたり、ノンフィクションが突然、ファンタジーに感じられたり。興業的には、それを「売りにくい映画」と呼ぶのかもしれないが、人々の心はきっとこういった映画を求め始めている。(古河晋)
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