マーク・ボランの息子を救ったのはボウイだった

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今日はデヴィッド・ボウイにまつわる「ちょっと心温まる逸話」を。

★70s初期~中期にかけて世界中の音楽シーンに影響を与え、
サウンド面&視覚面ともに「近代ロックのあり方」を変えたUK発のユース・カルチャー=「グラム・ロック」。

★あのムーヴメントを、旧友ボウイやロキシー・ミュージック等とともに盛り上げたT.Rexのマーク・ボランが、
1977年の9月16日、交通事故で急死した(当時29歳)のはご存知だと思いますが、

当時のボランにはグロリア・ジョーンズという米女性黒人歌手のパートナーがいて、ローランと名付けられた2歳の息子もいた。


彼女と息子ローランはロンドンのボラン邸で6年も家族同様に同居していたにも拘わらず、
入籍していなかったため(何十年も同棲し子供が何人もいるのに何故か結婚しない、英国のカップルにはこのパターンがよくあるんです)、

残された内縁の妻グロリアさんと幼児ローラン君は突如、路頭に迷うことに、、、。

ヒット曲を多く出したボランなので、死後も多額の印税は入ってくるのだが、
母子には法的にそれを受け取る権利がないので、
ボランの遺族も急に路頭に迷うことになったグロリアさんと息子ローランに対し、生活費の提供も拒否。

ボランが事故死した際、同じ車に乗っていたグロリアさんも瀕死の重傷を負い声帯を破壊されたため、
その後は歌手として生計を立てていく道も絶たれた。

2歳の息子を抱え、頼る人さえいない異国で絶対絶命の窮地に立たされた未亡人グロリアさん。
さぁ、どうなる???、、、。


★そんな時期、「僕と母の前に突如現れた救済者が実はあのデヴィッド・ボウイだったんだ」

というローラン君の告白記事が英デーリー・メール紙に掲載されていた(上の写真)。

以後はグロリアさん母子の衣食住・生活費全部をボウイが支払い続けただけではなく、
ローラン君の学費(それもセレブの子息が通うような高い私学)までずっと父親がわりになって支払い続けたという。

ボウイの優しさに涙し感謝する母子が「血縁でもないのに何故こんなに親切にしてくれるんですか?」と訊いても、

「長年親しくしてきた親友の家族が困っている時、ヘルプするのは友人として当然のこと。
大したことじゃないよ」と軽く受け流し、
「今後も何か僕にできることがあるなら、遠慮せずいつでも連絡してくれ」、
と会話の最後にはいつも付け加えていたらしい。

泣ける、、、。
世の中にはこんなピュアな善意もまだ残っていたんだ。

過去一週間、あの英国暴動騒ぎで「人間の醜悪さ・私利私欲の極地」をとことん見せつけられてきたせいで、
持病の「人間不信」がますます募ってたんだけど、
なにか久しぶりに”人の善意”というものを信じたい気分にさせてくれたエピソードだった。
児島由紀子の「ロンドン通信」の最新記事
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