デビューから長い間、シガー・ロスは歌詞を自分たちで作った言語で歌っていた。母国語のアイスランド語をベースにしているが、基本的には誰にも理解できない独自の言葉である。音楽スタイルも、いわゆるポップ・ミュージックの王道からは遠い、どちらかと言えば前衛音楽に近い難解なものであった。まさに異端、大衆性とはかなり距離のある存在だったのだ。
にもかかわらず彼らの人気は確実に高まっていった。決してとっつき易い音楽ではないのだが、聴いていくと感情を揺さぶられ、えもいわれぬ高揚感を与えてくれる彼らの音楽の魅力にとりつかれた人が増えていったのだ。そして今回は武道館での公演となった。しかもチケットは早い段階で売り切れてしまった。
少し前から英語の歌詞でも歌うようになりロック的なスタイルも導入するようになってきたが、彼らの音作りの姿勢は変わっていない。相変わらずポップ・シーンの中の異端であることは同じなのだ。
しかしこの日の武道館はロック的な高揚感に満ち、誰も特殊なスタイルの音楽を聴いているという気持ちではなかった。これは素晴らしいことだと思う。
ポップ・ミュージックの歴史の中ではこうした奇跡は何度も起きている。例えばメロディーも何もない、シンプルなビートに言葉を乗せるだけのラップというスタイルがヒットチャートの主流になることなど、そのスタイルが生まれた当初は誰も想像しなかった。しかしシガー・ロスはその奇跡を単独のバンドとして実現してしまったのである。いろいろな意味でドラマチックなステージであった。
14日、日本武道館
(2013年5月22日 日本経済新聞夕刊掲載)
日経ライブレポート 「シガー・ロス」
2013.05.24 13:44