孤独な魂の歌が「あなた」に捧げられた夜――ジョン・グラント、初の単独来日公演をレポート

孤独な魂の歌が「あなた」に捧げられた夜――ジョン・グラント、初の単独来日公演をレポート

2曲目、ジョン・グラントがローランドのキーボードの前に座って“Grey Tickles, Black Pressure”を歌い出した途端、今回は新作のモードでシンセ・ポップを前面に出すのかなとか、元キャバレーだという東京キネマ倶楽部の雰囲気があっているなとか、このライブ・レポートのために考えていたことはすべて吹っ飛んでしまった。「中年の危機」について歌うこのピアノ・バラッドでジョンは、食料品売り場で何を買ったらいいのかさえ分からず突っ立っている孤独な男の心情を綴る。それから、HIVにかかったことで「エイズ時代」以前の70年代のNYを恋しがっている自分についても。それは僕じゃない。だけど、ジョン・グラントが低くて強い声でそれを歌うとき、それは自分の歌になる。僕はこの孤独を知っている、そう思わせる力が……彼の声と歌にはある。それはある意味とても危険な体験だ。



3度目の来日、初の単独公演。ジョン・グラントの生々しい歌たちの虜になった僕は毎回足を運んでいるけれど、間違いなく今回がベストだった。スージー・アンド・ザ・バンシーズのバッジーなどたしかな力量のバンドによる演奏の厚みと迫力、新作『ラヴ・イズ・マジック』のややシュールなエレクトロ・ポップの攻撃性がダイナミズムと結びついている点などもその要因だろうが、何よりもオーディエンスとの近さによるものだったと思う。

たとえばトランスジェンダー女性であるチェルシー・マニングについて歌った“Touch And Go”は、軍の機密を漏らしたことでアメリカの敵になった彼女を擁護する曲だが、それをいくらかドリーミーなシンセ・サウンドと優しい調べに乗せてジョンが歌うとき、それは彼女だけでなく聴き手のひとりひとりに向かって放たれる。

「あなた」を痛めつけるものは世のなかに溢れているけれど、その痛みこそが「あなた」を作り上げていくんだと歌う“Glacier”では、すべての人間の悲しみをなだめるような柔らかなメロディがアウトロの爆発を導いてくる。圧巻のカタルシス。その日、キッスのようなフェイス・ペインティングをして妙なダンスを披露しながら歌うジョンはなかば道化のように振る舞っていたけれど、その歌たちがどこまでも真摯な想いであることは隠せていなかった。


アンコール、ジョンいわく「最高のマザーファッカー」であるオーディエンスに“GMF”が捧げられた。穏やかなフォーク調のバラッドで、彼は「俺は最高のマザーファッカーだ、さあ俺を愛してくれよ」とうそぶきながら、何よりも自分自身を愛せないことを歌う。ジョンはそんな風にして、数々の欠点や傷を抱え、たくさんの間違いを起こし、いまも失敗を重ねている自分をあけすけに物語る。うまく生きられない自分を。だが、腹の底から歌うことはできる――はぐれた魂のソウル・ミュージックとして。

大きな身体を揺らしながら、「これはきみの歌なんだ」と言わんばかりにひとりひとりを指さして歌うジョンは、少しばかり滑稽で、だが、傷だらけでもどうにか歌の力で生き抜こうとするひとりの男、シンガーだった。(木津毅)
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