アメリカでオジー・オズボーンを知らない人はまずいないだろう。2000年代にMTVのリアリティ番組『オズボーンズ』が大ヒットしたことにより、オズボーン一家は全員セレブリティになった。オジーのマネージャーでもある妻シャロンは、数々の有名TV番組に出演するようになり、現在は『ザ・トーク』という番組でホストの一人を務めている。
一方、オジーも音楽活動を続けながら数年前まで息子のジャックと共にロード・トリップ番組(『Ozzy & Jack’s World Detour』)に出演していた。そんな人気セレブとなったオジーでも、メタル・ファンにとっては神のような存在であり続けてきた。90年代後半から2010年代にかけてオズフェストを牽引した功績も含めて、特に過去20年のアメリカのヘヴィ・メタル/ロック・シーンは、オジーというアイコンなしには存在し得なかったと思う。
しかし、そんな彼でも、ここ最近は80〜90年代初頭の黄金時代の作品群を超えるアルバムは生み出せていなかった。この10年ぶりの新作、『オーディナリー・マン』が生まれるまでは。
通算12枚目の『オーディナリー・マン』が誕生するきっかけとなったのは、ポスト・マローンがオジーと人気ラッパーのトラヴィス・スコットをフィーチャーした“テイク・ホワット・ユー・ウォント”の存在だ。オジーは娘ケリーの紹介で同曲にゲスト参加することになったが、そのキャリアで初めて、ロックを聴かない若者/子供層にまでアピールする画期的かつ強力な曲を手にした。
ポップ・ラジオ局「KISS FM」でもこの曲が流れ、さらにメタルなど一切入る隙がなかったアメリカン・ミュージック・アウォードの授賞式では、オジーはポスト・マローンとトラヴィス・スコット、そしてこの曲のプロデュースを手掛けたアンドリュー・ワットと共に、パフォーマンスしたのである。歴史的な瞬間だった。
アンドリュー・ワットは、ここ数年で繰り返しポップとヒップホップの大ヒット曲を連発している若手ソングライター/プロデューサーで、キャリアの初期はコーディー・シンプソンやジャスティン・ビーバーのツアー・ギタリストを務めつつソングライター業もやっていた人物だ。
本当はロックがやりたいのだが、2013年にグレン・ヒューズ、ジェイソン・ボーナムと結成したハードロック・バンド、California Breedも自身のソロEPもヒットせず。その後、プロデューサーとして知名度を上げ続け、カーディ・Bやポスト・マローンのプロデューサーとして大成功している(最新ヒット曲は、ショーン・メンデス&カミラ・カベロの“セニョリータ”)。若干29歳のアンドリューだが、ポスト・マローン繋がりで現在71歳のロック・レジェンドをプロデュースすることになるなど予想できなかったであろう。
衛星ラジオ局「SiriusXM」によるオジーとアンドリューへのインタビューでは、このコラボ曲のレコーディング後、オジーからアルバムのプロデュースを依頼されたアンドリューは、自身のEPに参加したレッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミス、次にガンズ・アンド・ローゼズのダフ・マッケイガンへ連絡を取り、大興奮した2人と共にスタジオ入り。そして、たった4日間で10曲の楽曲を書き上げたそうだ。
その後、オジーが加わってのレコーディングもわずか3週間で終了。そんな短期間で完成したにも関わらず、『オーディナリー・マン』はオジーの最高傑作の一つとなった。
豪快なリフが炸裂する“ストレート・トゥ・ヘル”で幕を開けるアルバムは、全10曲にボートラとして“テイク・ホワット・ユー・ウォント”を加えた構成で、全ての曲がもれなくシングルとしてヒットするポテンシャルを備えている。
その中でも突出して優れているのは、タイトル曲の“オーディナリー・マン”だろう。ピアノが印象的な壮大なバラードで、彼の代表曲の一つである“ママ、アイム・カミング・ホーム”や、ジョン・レノンの“イマジン”のような包容力がある。しかもサー・エルトン・ジョンが、ピアノとボーカルで共演しているという豪華さだ。
オジーが「この曲、70年代のエルトンっぽくないか?」とシャロンに言ったことがきっかけですんなり共演が決まったらしいが、もともとオジーのソロ曲は音楽的にブラック・サバスよりもずっとポップで、ボーカルの独自のキャッチーさと歴代のギターヒーローによるケミストリーが肝となっていた。だが、“オーディナリー・マン”はロックというジャンルを超越する名曲になっていると思う。それでいて、ロック・ファンにアピールする鮮やかなギター・ソロもきちんと注入されており、非の打ち所がない。
この曲でオジーは「正直、俺は普通の男として死にたくない」と繰り返す。実際は世界中どこを探してもオジーほどフツウでない男はいないのだが。そして何よりも刺さるのは、《有名になる準備なんかできてなかった/気づけば誰もが俺の名を知ってた/孤独な夜はもう終わりだ/全てはお前達のため》とオジーがファンへの愛を歌っている点で、聴くたびに涙腺が緩む。
オジーのファンに対する想いは、彼のライブを観たことのある人ならご存知だろう。オジーはステージ上で「アイ・ラブ・ユー・オール!」と、ポップ・アイドル以上にしつこく叫ぶ。そして彼の「みんな愛してる」は、私が観てきたどのアーティストの言葉よりも、重みと真実味に溢れている。本当にオジーはファンなしでは生きられない存在で、バンドをやっていなかったら、おそらく何にも成功することなくドラッグと酒に溺れて死んでいたであろう人だ(バンド活動中にも、何度も死にかけてはいるが)。けれど音楽があって、ファンがいるからこそ、彼は「普通の男」ではない「プリンス・オブ・ダークネス」として生き続けている。そのことは、オジー自身が一番良く理解しているのだ。
そしてこの曲は、オジーがパーキンソン病を患っていると発表したことで、さらに深い意味を持つようになったと思う。 1月21日、全米ニュース番組『グッド・モーニング・アメリカ』の独占取材で、オジーは2019年2月に転倒して大怪我をし、その手術を受けた後、パーキンソン病と診断されたことを明らかにした。そして今年の4月から、スイスへ行き特別な治療を受けることも(2月17日には同治療のため北米ツアーが中止になったと発表された)。これまでも常に死と隣り合わせで生きてきたようなオジーだが、この新作の制作は、かつてないほどに死を意識した年に行われたのである。この時にオジーが「俺にはファンが必要なんだ。彼らは俺が吸う空気なんだ」と語っていたのも感慨深かった。
その他、スラッシュのギター・ソロが圧巻の“ストレイト・トゥ・ヘル”、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロが参加した“スケアリー・リトル・グリーン・マン”など、これもまた凄い共演ではあるのだが、それ以上に圧倒されるのはオジーの驚異的なボーカルが全てを凌駕している、という点だ。
また、アビイ・ロード・スタジオで録音されたオーケストラのアレンジが素晴らしい“ホーリー・フォー・トゥナイト”でも、同じことやはりオジーの声の良さを痛感する。今作のオジーのボーカルは過去最高と言っても過言ではない、鮮やかさと瑞々しいエネルギーを放っているようだ。
さらに、モダンで、かつ新鮮であるがゆえに素晴らしい曲もある。アルバムの最後を飾る“イッツ・ア・レイド”は、スラッシュ・メタル的な激しさを持つ曲で、オジーの声は若々しく、中盤でポスト・マローンの歌声が絶妙なタイミングで登場し、後半はメタル・カーニバルのような盛り上がりをみせ、最後に「ファック・ユー・オール!」という粋な叫び声で締め括られる。
「普通でない男」を生き抜いてきたオジーにしか書けない深みと闇、そしてユーモアが同居する歌詞も含め、『オーディナリー・マン』は徹頭徹尾、超がつく傑作である。激しい曲と穏やかなバラードを織り交ぜたバランスも良く、エンドレスでリピートしても聴き続けられる。長年のファンとして、キャリアの終盤にこんな大傑作を作ってくれたオジーに、改めてひれ伏したい。
ちなみに、アルバム発売当日の2月21日、オジーはハリウッドにあるアメーバ・レコードで10年ぶりのサイン会を行なった。開始は午後5時だったが、午前中から予定人数の600名を超えるファンが列を成していた。
『オーディナリー・マン』が大音量で流れる店内で、オジーはほとんど顔を上げずに黙々とサインし続けていて、流石に疲れている様子はあったけれど元気そうで安心した。2020年、ツアーによって全米で巻き起こるはずであったオジー旋風が見られなくなってしまったのは残念だが、彼の全快を祈りつつ、奇跡にすら思える傑作『オーディナリー・マン』を日々聴き倒したいと思う。(鈴木美穂)