秦 基博のデビューは鮮烈だった。朴訥とした佇まいとは裏腹に、唯一無二の存在感を放つ圧倒的な歌声。アコースティックギターと歌だけで、多くの観客の前で勝負する様は怖いもんなしの侍のようだった。しかし歌っている内容は驚くほど繊細に人と人とのコミュニケーションの中にある密やかな欲望や、些細なすれ違いを独自の言葉でとらえていた。目に見えないけれど、自分の心だけが感じている何か。そんな場所に触れる歌を彼は最初から生み出していたし、また、歌だけが持つその力を彼は知っていた。

キャリアの中で多くの自作曲を生み出し、セルフプロデュースを行ったりと創作活動に対しても常にストイックに取り組んできた秦 基博。一方で、たとえばテレビの音楽番組で日本の名曲カバーを披露することも多々あり、歌い継ぐ者としての役割も担ってきた。今作はデビュー10周年を記念した初のオールタイムベスト。彼自身が生きていく上での様々な葛藤も苦悩も歌の中に託しながら、リスナーそれぞれの聴き方で愛されてきた名曲ばかり。横浜スタジアム公演も成功させ、幸せな節目だ。（上野三樹）