驚異のミュージシャンシップを解き明かす魅惑的な痕跡の数々

プリンス『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 :デラックス・エディション』
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ALBUM
プリンス ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 :デラックス・エディション

膨大なほどに楽曲を持っていると生前から語っていたプリンスだが、ということはそういうレコーディングも無尽蔵に残っているはずで、そんな音源がついに初めて開示されることになったのが本作『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』。タイトル通り、83年にレコーディングされたプリンスのピアノの弾き語りによるソロ・パフォーマンスだ。

実はプリンスは同じタイトルで、ピアノの弾き語りによるツアーを死の直前に行っていたが、今回のアルバム・タイトルはそれにちなんだものだ。プリンスは近年股関節炎が重症化していたとも伝えられていて、そのため死の直前のライブ活動も弾き語りにせざるをえなかったのかもしれないが、しかし、彼がピアノの弾き語りの名手であることはこれまでの来日公演、あるいはシングル“1999”のB面曲でプリンスのレコーディングの中でも名演のひとつとされる“つめたい素振り”でもよく知られてきた。今回の音源はまさにこの“つめたい素振り”の名演をアルバム一枚分聴かせてくれるというとんでもないものになっているのだ。

ただ、実際問題としてプリンスがこうした弾き語りを、自ら望んでレコーディングしたがっていたのかどうかはわからない。それにこのアルバム・タイトルもたまたまピアノの弾き語りという内容だから死の直前のツアーにちなんでいて、内容的には83年時点でのランダムな選曲のもの。よって、16年のツアーのセットとはほとんど演目が被っていない。83年当時、プリンスが率いていたバンドであるザ・レヴォリューションに在籍していたリサ・コールマンもこの音源の目的についてはわからないとしているが、しかし、スタジオで作業をする時にはテープが常に回っていたため、こうした音源が残されていたことは不思議ではなかったという。

冒頭を飾るのは『パープル・レイン』からの大ヒット曲“ビートに抱かれて”のシングルB面曲となった“17デイズ”。ザ・レヴォリューションのバージョンは強烈にタメの利いたグルーヴにどこまでもポップなメロディが乗っかっていくもので、この時期のプリンスの典型的なサウンドを体現する曲だ。これをプリンスは恐ろしく洗練されたピアノのリフに置き換え、さらにアドリブ・フレーズを自在に放り込みながらのソロ演奏とボーカルを披露していて、まさに彼の圧倒的なミュージシャンシップを披露する名パフォーマンスだ。基本的に本作に収録されている音源はすべて、こういうプリンスの超絶的なピアノの弾き語りが聴けるものになっていて、あらためてすさまじい才能の塊のような人だったことを思い知らされるのだ。パフォーマンス面ではリード・シングルとしてリリースされたゴスペル曲のカバー、“メアリー・ドント・ユー・ウィープ”が圧巻で、“つめたい素振り”に匹敵する名演になっている。

更に本作で注目されるのは、未発表曲も収録されていることで、そのひとつ“ウエンズデイ”はもともとプリンスのバック・ボーカルとして『1999』から関わってきたジル・ジョーンズ用に書いた曲と思われている。『パープル・レイン』に収録を考えていた楽曲だったとのことで、プリンス特有の繊細なタッチがピアノ演奏によってこれ以上ありえないくらいに引き立てられていて、おそらくリリカルな情感を伝える映画のシーン用に考えていたのかもしれないが、結局、使われることはなかった。終盤ではがらっと変わってブルースのピアノ演奏に突入しているところも面白い。

さらに“コールド・コーヒー&コケイン”は冷めたコーヒーとコカインしか出してこない交際相手について毒づく修羅場的な曲だが、性急なリズムを生み出すプリンスのピアノが見事でこのアルバムでは最もファンキィなものとなっている。その一方で“ホワイ・ザ・バタフライズ”はまだ楽曲の構造を模索しているかのようなパフォーマンスでもあるのだが、ピアノの弾き語りとしてはこれだけでも完璧に出来上がっているところがプリンスの恐ろしいところだ。ただ、この曲をさらに発展させようとしている意図は歌や演奏からも感じ取れ、こうしたスリルがこのアルバムの最大の魅力だと思う。

ほかには『1999』からの“インターナショナル・ラヴァー”と『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の“ストレンジ・リレーションシップ”が同時期に録音されているのも興味深い。おそらく82年頃から87年頃までのプリンスの楽曲はすべて大きな一塊のものだったのだろうと思わせてくれるものなのだ。そのほかにもジョニ・ミッチェルへの執着など、プリンスの全盛期のあらゆる特徴や疑問点になんとなく絡みついてくる音源ばかりのアルバムなのだ。(高見展)



『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 :デラックス・エディション』の詳細はWarner Music Japanの公式サイトよりご確認ください。

プリンス『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 :デラックス・エディション』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」10月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

プリンス ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 :デラックス・エディション - 『rockin'on』2018年10月号『rockin'on』2018年10月号
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