ボン・ジョヴィにしか描き得ない「2020年のアメリカ」の祈り

ボン・ジョヴィ『2020 -デラックス・エディション』
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ALBUM
ボン・ジョヴィ 2020 -デラックス・エディション

「ロックの殿堂」入りを果たした後では初のアルバムとなる今作のタイトルに、ボン・ジョヴィは「2020」の西暦年号を刻み込んだ。そして、そのタイトル以上に今作は、アイデンティティ崩壊レベルの危機に見舞われたアメリカの「今」の憂いと「これから」へ向けた祈りが凝縮されたアルバムであり、他ならぬその想いが今作に不朽の名盤としての強度と包容力を与えている。

《悪魔すら目を背けるような夢を見てしまう》――PTSDに苦しむ退役軍人とその介助犬をテーマとしたNetflixドキュメンタリー映画に寄せて書き下ろした“アンブロークン”にも象徴される通り、もともと今作は9・11翌年の『バウンス』のように、アメリカの闇と不安に寄り添う作品ではあったし、アメリカの未来を左右する上でも重要な大統領選の年=2020年にリリースすべき意義を持ったアルバムではあった。だが、当初は5月のリリースがアナウンスされていた今作は、おそらくジョン・ボン・ジョヴィらメンバー自身も想像しない形で、今年に入ってからさらにシリアスな必然性を帯びていくことになる。

終わりの見えない新型コロナウイルス感染拡大によって世界中が混迷を極める中、3月にはデヴィッド・ブライアンが新型コロナウイルスに感染、4月にはアルバム発売延期&北米ツアーの中止を相次いで発表する事態となった。そんな中、ジョンは「できることをしよう」の言葉とともに新曲“ドゥ・ホワット・ユー・キャン”の歌詞に綴るべくコロナ禍の体験をSNSで募集したり、自身の財団が運営するコミュニティ・レストランで皿洗いのボランティアを行う写真とともにメッセージを発信したり……といった形で現状と対峙し、そのリアルな経験の中から音楽を紡いでいった。

さらに、白人警官による黒人男性殺害事件を発端として全米が抗議デモの渦に巻き込まれていく中で、多民族国家たるアメリカが抱える不公平と不公正を、ジョンは「この国にはもう良心なんてない」と自らの楽曲“アメリカン・レコニング”に焼き込んで提示した。「歴史の生き証人として、この“アメリカン・レコニング”を書かねば、という思いに駆られたんだ。アーティストが授かった最大の才能とは、我々の心を動かす様々な問題について、自分たちの声を使い、考えを伝えることができる能力のことだと信じている」……そんなジョンのコメントの通り、あたかも厳粛な預言の如く響く“アメリカン・レコニング”の抑制の効いた歌声は、触れる者の身体も心も震わせるほどの迫力を体現している。

しかし、何より今作に心沸き立つのは、そんなシビアなメッセージ性を内包しながらも、この『2020』が最高のボン・ジョヴィのロック・アルバムであるということだ。

幕開けの瞬間からスタジアム級のオルタナティブ・ロックの地平を繰り広げてみせる“リミットレス”。リスナーから集まった想いの数々を枯れ草薫るアメリカン・ロックの爽快な疾走感に乗せて《愛の代わりなんてない、だから自分を愛して、家族を愛して》と歌い上げる“ドゥ・ホワット・ユー・キャン”。すでに風格すら漂うフィル・Xのギターがミディアム・テンポの楽曲にタフなドライブ感を注ぎ込む“ビューティフル・ドラッグ”。ピンク・フロイドを彷彿とさせる幽玄なイントロから雄大なロック・バラードの世界へと聴く者を導く“ブラッド・イン・ザ・ウォーター”。スクエアなビート越しにワイルドなロックのバイタリティを奮い立たせる“ブラザーズ・イン・アームズ”……。誇り高き兵士の恐怖と苦悩越しに未来への切実な願いを活写して全10曲のアルバムを締め括る最終曲“アンブロークン”も、閉塞感や悲壮感ではなく、この時代丸ごと前へ先へと突き動かす巨大な鼓動を自分たちの手で鳴り渡らせようとするような、途方もないスケール感に満ちて響いてくる。

エゴや衝動の炸裂に身を委ねるロック・アーティストとして以上に、「真実の目撃者」たるべき使命感に裏打ちされた今作。他ならぬ人間の手で生まれた音楽がコミュニケーションやエンターテインメントの域を超え、時代の意思をしたためた壮大な黙示録としての存在感を放っていく─そんなマジカルな表現の訴求力を、今作は確かに備えている。

リリース延期前に収録予定だった2曲=“ラヴ・キャン”と“シャイン”も日本盤ボーナス・トラックとして収録。直近のアルバム4作品を全米1位に送り込み、問答無用で「アメリカのロックそのもの」としてサバイブし続けるボン・ジョヴィは、己の全存在を懸けて2020年アメリカの現実と深層に真っ向から向き合った。『2020』はその厳然たる証である。 (高橋智樹)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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